アナタの人生1区間伴走プロ
CleverでCharmingを目指す
 
たなかともこです。




神在月の林紗妃さんの神様メッセージをうけとりました。
このなかにあった
『発信力』ということばで
深いなぁ・・・と思ったのですが




発信力って「声の大きさ」じゃなくて
どれだけのひとに届くか、ということ
だから
 ー自分の言葉をずっと外に出していく継続力
 ー言葉を届けられる先を広く広く持っているリーチ力
の2つが在るよね、って思って。




 自分の言葉をずっと外に出していく継続力

もう明らかに沢山のひとが指摘していること。

で、私のなかでは 真の継続力って
中心になにかがある上での力、って思っている。
いえ、それは主張とか「これが大好き!」とか信条とかじゃなく
「軸」とか言われる 真っ直ぐなものでもなく
自分の「世界」 真ん中の「餡」
簡単に言えばそのひとらしさ。その人の文章の味。
人間だから
思うこと 伝える事 は
出会うヒトやその人の人生ステージで違うよね
違っていくよね
変わって行くものでイイと思うんだ。
だから中心は形を変える。
言葉を変える。
それでも いつもそこにある そのひとのもの。

それが何、なんて考えなくても
そのひとのところにあるもの。
ヒトの言葉をかりないもの。



言葉を届けられる先を広く広く持っているリーチ力

いわずもがな、だけど
リーチ先がなかったら 発信はただの「つぶやき」になる。
人混みの中で「つぶやく」か
      「拡声器を持つ」か
      「マイクを持つ」か
      「地域の有線放送で流して貰う」か
      「大きなニュース掲示板に出る」か
      「国際放送」にのるか は
普段 どれくらいのヒトにリーチしてるか。だよね。

イヤならやらなきゃ良いだけ。
つぶやきは 誰にも聞こえない。
それが 認知 ってもの。






もっと沢山のひとにリーチしたい、は
いつだってあるけど
ここで「誰でも良いか」はきっと違う。


自分の「芯」「餡」がうにゃうにゃしてるなら
とにかく手を伸ばし 届けてみて 
そこで自分の考えることが届けたい先かどうか
それを感じてみれば良いんだと思う。



私はただ 高い高い電波塔になろう。