アナタの人生1区間伴走プロ
クレバーでチャーミングを目指す
 
たなかともこです。


前の記事で語弊もあるよねぇ、と
せいちゃんにぼそっとつぶやかれ
やっぱりそう? じゃぁ・・・
てなかんじの 言い訳めいた投稿。



私 外科医として
「要らない」細胞を切り取ってきたし
病理医として「正常範囲」から逸れていく細胞の
顔を見比べていたこともあります。

だから それらを
どうでもいい とは思わないし
「病気の線引き」って
多分他のひとよりかなり真剣に考えてきました。


だって 病理医って診断の最後の砦。
なんです。なんですってば。
「診断名ついたところで・・・」とは言ったけど
やっぱりそれがあって、の西洋医学的な治療法だし
放っておいていい熱か 徹底的に検査すべき熱かが変わる訳で。


病気は おそらくストレスに対する細胞の変化
そう 私は細胞の顔を見ながら感じてきました。
ここに根拠はなかったんだけど
新潟大学の安保先生がおなじことをおっしゃってて
ほっとしました。



出来れば 健康でいたい。
出来たら トシをとりたくない。
それはどんなひとも思うこと。
(だけど 健康状態 ってね 定義は難しい。)




病気を病気たらしめるのは
病人になる ということ
「まぁこんなもんだ」と思うときにそれを
病気 とは言いません。


西洋医学の知識を持った人がすべき
本当に大事な事ってね
各個人の状態において なにを病気とみなして
なにを「不都合だけど 一緒に歩いて行く状態」とみなすか
そういう 相談ができることなのかもって
最近よく思います。




「病院」にいる「お医者さん」が求められることは
「診断」して「治療する」こと



病院にくるひとの多くは
ぱしーーーっ っとひとつの診断がつくことを期待してるけど
正直 それって そんなに多くないと思う。
大抵 いくつかの状況が組み合わさっているから。
ほんとに 推理ゲームです。




西洋医学は 分かってないことの方が多いと言えると思う。
その中で 悪化させることなく 辛さを軽減する
その方法を ある程度考えて来た・・・だけ。





病院にいけば 診断がつくことが多い → 違うと思う
診断がつけば 治して貰える → 治るものもあるけど 大抵対症療法
西洋医学は ほぼ万能 → 絶対そんなことはない。



って考えると
症状(主訴といいます、どうして病院に行こうと思ったかっていうことを)を聞いて
どういう辛さかを聞いて
 
も大事なんですけど
もっと基本的な・・・・


どういう 身体の「悲鳴」なのかを
一緒に考えて
「もしかしたら」病院でなんとかなるものかもしれない
「もしかしたら」東洋医学の方がいいかもしれない
「もしかしたら」それはサイコロジストが一番いいかもしれない
そういう相談や 基礎知識共有って大事なんじゃないだろうか
そう おもうんですよね。



病気のまえに 人を病人にするのが医者であってはいけない。



今日娘が 「お母さん、橋本病って知ってる?」
(注:こういう質問をハハにするとはっ と怒りの導火線にめっちゃ火をつけるあたり、
 娘はまだ修業がたりない ww)
と聞いてきたんですけど


同級生の女の子が「その疑い」とかで精密検査に送られるんだと。



(注 この組織像と甲状腺疾患は全く関係ありませんので。)


私もその子、知ってますが
元気で健康な中学2年生です。
「どんな症状だったの?」「何も無いって」

・・・・・・はぁ????


医者が 病人をつくっちゃいけない。
医者が「もしかしたら」で病気を探してはいけない。

ちょうどそれを考えていた所で
(まぁ、状況をきちんと知りませんけどね)
かっちーん、ときてしまいました。



検査して何も無かった、良かったですね は 言い逃れ。
その間 その子がどれほど悩むだろうと思うと
まず一人の母親として 
そして医療を生業と選んだ事のあるものとして
許せないんですよね。



私は その人、その人の人生にとっての
病気、その付き合い方を一緒に考える
そういうことがしたいのかもしれません。