悩んでるくらいなら 現実を生き生きとさせよう松原靖樹さんのほぼ日コラムから。「理」と「本質」について。本質、についてなんかは ちょうど いろいろ考えていた所。私に『理』『本質』がわかるとかそういう突出した力は 多分ないのだけど(人並みにはあるけど)極端に強いものを持った人でも こうしていくもんなんだな、と思うと自分の方向性がすこし見えてくる気がします。まずはその瞬間に自分を生かしながら生きるために繰り返し読む備忘録として 残しておきます。そうそう、ケーキを食え、ね(笑)【理の人は人生を能動的に、本質の人は謙虚に】 本質的な強みの中に・・・・というよりはむしろ僕が資質と考えているものの中に、理(ことわり。または摂理)がわかってしまうということと本質がわかってしまうというものがあります。どちらも資質としてものすごく強力で、なかなかできる人がいないという特徴があります。で、まず理なんだけども、理というのは万物のあり方とか流れ方のことで、全体的に物事がどうできているかということです。この理を把握する力としてよく使われるのが直観と論理です。(勘を使う場合もあります。が、ややこしいのでここでは省きます)直観は物事の本質的なことを射抜く力。論理は科学する力だと考えるとわかりやすい。この理をつかむ力を持っているということは、万物のいろいろなものが少し意識を向けるだけでわかってしまうということでもあるので、結論を言うと老人っぽくなるわけです。老人というのは長いこと生きてきて人生や、物事や、色々なことが経験と知識としてものすごい量インプットされています。まさに人生の酸いも甘いも知り尽くしていて、経験済みなので肝っ玉も太い。少々のことでは動じない。それだけ色々なことを理解、把握してしまうと、たとえ体が不自由でなくても、大概のことはどうなるかがわかってしまうので悪くするとやる気を著しく奪われてしまうことになります。やってどうなるか既にわかりきっているから。ので、平穏とか静かな生活の中の満足を営もうとするようになる。理をつかむことができる資質を持っている人というのは、年齢に関係なくこの老人状態に置かれます。やる前から無駄だと思うのは、本人が思っているのではなく実際にそうだから。一人の人間の力の具合もよくわかっていて、自分がどのくらい動いてもどの程度の影響しか出せないというようなこともわかるので、「なら取り組んでもあんまり変わりないでしょ」という結果になってしまう。現実的にうまく活動することや、何かを目指すことにいい意味で失望してしまうのだけども、同時にそれは脳も体細胞も老化させてしまって、生きるということに対する意欲を著しく奪うことにもなってしまいます。もっと即物的に目の前の欲求を満たしていくことや、自分の力を最大限使うこと・・・プロセスに目線を向けていくことで活性化すること自体を目的にした方が良いのです。せっかく生まれてきたのに、いきなり老人からはじまって老人の人生を終えるのはもったいないしそれこそ無意味。わかっていながらトライする、あがく、もがく、人としての可能性を摂理に見せてやる、というようなことにトライできるのが人間の素晴らしいところだと知り、やってみることです。間違っても人を理に当てはめておみくじみたいな行動はしないことです。余計なお世話です。本質は万物のエトセトラではなく、人間に関することの根本的な理由や原因などをつかむ力のことです。人間がどのようにできていて、人間関係がどのようになっているのか?ということを知る力。この本質を把握する力としてよく使われるのが直感と経験です。直感は人の本質を見抜く力で、現実的にどうであるかというところに根ざしています。なので役割とか使命とか意味とかそういうのはあまり関係ない。経験というのはデータベースのことで、平たく言うと、多くの人を見ていれば何かがつかめるようになるということです。この本質をつかむ力を持っている人は、物事がいろいろとわかるぐらいで偉そうにしないことです。人を見抜く目を持っているので、インチキやウソにかなり敏感に働きます。それがわかるからといって、人を批判したり攻撃したり、変えようとするのはおこがましいのであって誰もそんなことは別に求めていなかったりするわけです。わかる人間は、わかることのほとんどは役に立たないということを自覚して、かつ、わかる力を自分の大切な人や、それを本気で必要としている人のために使ってもいい・・・・ぐらいに考えておくことがコツであり、ポイントです。むしろ、本質がわかる力を生かして何かをするのではなく、自分の強みや特性的に向いているもの・・・仕事や人間関係の中でその本質がわかるという力も使ってうまく現実を作っていくことに使うことです。例えば、サッカー選手が相手の弱点が本質的にわかるので、そこを突いて得点を取る・・・・というようなことに使うとうまく生かされます。摂理も本質も、どちらも強大な力です。でも、強大な力はほとんどの場合であまり役立たなかったりします。例えば今すぐスーパーマンのように空を飛べ、力持ちになり、透視もできるようになったとして思う存分これ見よがしに発揮するのは、現実的にはかなり難しいだろうことが予想できます。強大な力というのはそういうものです。そういう力を持っているからこそ、まずは現実的に自分がどのようにうまく生きるかに使うべきで他人様は他人様の人生なのでその人が決めればいいということです。そういう力を持っている人は、その力を自分の人生の原動力としてフル発揮することに集中して、だからその分野や仕事や人間関係で魅力的、力強く一歩を踏み出すことができるので結果的に人にもじわじわと良い影響を与えることができる・・・・ということです。そして往々にして何事もそうであるように、本人が魅力的な生き方をしていないのに、現実的に半端者であるのに、そんな人に力を振るってほしいと考える人は(ごく一部の@4を除いて)間違いなくいないのです。つまりは、恋をしろ、仕事をしろ、欲求を満たせ、ケーキを食え!ということです。。。 松原靖樹