ひとりごと記事です。
パールが似合わないと、女は危ない
この言葉を5年くらい前でしょうか、斎藤 薫さんの
されど「服」で人生は変わる
という本で読んだとき、軽く衝撃を受けました。
ダイヤモンドはそのキラメキで強引にも女性を輝かせる威力を持っているが、パールは違う。
どこか女性を象徴させる柔らかい光。気品あふれる光沢が確実に身につける人をより分ける。
だから、パールが似合うか、似合わないかで女の実力を測ることができるという。
パールが似合わないのは、気品に欠け、優雅さに欠け、知性に欠ける証拠。
だから、女としてとてもマズイ。 と書かれている。
なんとも斎藤 薫さんらしい切り口の鋭い言葉だ。
パールが似合う女は、たとえイミテーションのものを着けていたとしても、それが本物に見える。
カジュアルなジーンズを履いているときにパールを無造作にジャラジャラ着けてもちゃんと「気品」という役目を果たす。
ようは、本物かイミテーションかなんて関係なく、美しく着けこなせるかが重要。
ここで、余談だが私はパールの本物とイミテーションの違いがわからない。
「パールの女」は、イミテーションパールも美しく着けこなす。そして本物を着ければ神々しい(こうごうしい)ような輝きを放つことになるだろう。
どちらにしても、女はどんなパールを着けても上品に見えなければいけない。
女として生まれたからには、 「パールの似合う女」 になること。
女磨きの目安として。
ひとり言にお付き合いいただき、ありがとうございました。
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