”「家族」とは?” | 今日は整えなくていい日。 ― ただ、自分に戻るためのブログ ― がんばらなくていい場所に戻る À Ma Manière の整えないブログ

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このブログは、「整えなきゃ」「ちゃんとしなきゃ」と力が入った体と心を、がんばらなくていい位置に戻す場所です。チェアヨガや呼吸、日常の小さな気づきを通して、本来の自分に戻るヒントを綴っています。今日は整えなくていい日。ただ戻るだけで大丈夫。



札幌還暦カウンセラーのミリわんさんが先日インフルエンザになった時の家族とのやり取りを綴っています。読んだら『あるある〜うちも!』と声が聞こえて来そうだったのでリブログさせて貰いました。


読んでくれましたか?




自分が風邪やインフルエンザ、調子が悪くなった時、やってくれるパートナーや家族の気持ちはわかるけど



それたべれないんだわ…

それじゃないんだわ…


ダメだ…何もできない( ̄▽ ̄)



こうゆう時はこうするんだよ。って伝えておけば良かった。。と思うことが少なくないのではないのでしょうか。





私も散々そうゆう状況にぶつかってきました。長男も小さい頃から入退院を繰り返し、次男は喘息も酷く胃腸が弱かった為、長男を上回る入退院や病院通い。




その度に入院に私。自宅に残された長男を主人。主人も私も近くに身内がいないので常に2人でやって行かざる終えなかった。





長男が進学で札幌へ行ってから、長男がインフルエンザや風邪になれば札幌へ私。そうゆうときダブルで来る(こうゆう時だから来る。笑)次男なインフルエンザや風邪には主人。





それくらいで『仕事を休めない』『休んでられない』『子供にひとりで頑張って貰うしかない』とふざけた主人と何度揉めたことか…。




誰も助けてくれる人がいないし、我が子を親が守らなきゃどうすんのよ!と言うと




そんな大袈裟な…の主人。




ずっとずっとずっと平行線だった夫婦。だが『そうじゃない!』言いづづけぶつかり続けた。





そんな中でも、これ以上に揉めたくない主人は最終的に仕方なくやる。男の人だから簡単にはお仕事を休めない。休んでも有給やお給料が変わらな訳でもなく、休めば生活に響くのもわかる。




それでもいい。言いづづける。やり続ける。

我が子のため、これが大事だった。




そうやってぶつかりながらやってきた夫婦。





そして今度は自分達が歳を重ねて、子供だけではなく自分達も体調を崩し動けなくなることでこれからの事も考えるようになる。





父の看護、看取り、義父の介護に難病、いくつもの病気、別れ。主人の入院、自分が倒れる。立て続けに起き経験し





倒れた自分にして貰いたいことやこれだけはやらなければいけないこと。

そして残された家族が困らないように…






少しづつではあるが終活や自分に何かあった時に家族にお願い、伝えておくことをやるようになった。





こんなことを話しすると、主人や家族は

何そんな話〜縁起でもない。口を揃えて言う。




"縁起でもない話"でも"そんな話"でもない。




自分が倒れて辛かった時

『ママ死んでられないよ。死んでられない』と、どうしていいのかわからなかった次男や『なんか調子悪んだな〜』くらいに安易に思い動画を見ていた主人を見て




『私の状況をわかってないと言うことは…私に何かあっても対応してくれないし出来ない。そうなると私が動けなくなったら、入院して家を空けるようになったら何もできないのでは。まだ次男もいるし、これではダメだ』と思った。





私と主人だけならこんなに思わなかっただろう。中学生とは言え、まだまだ子供の次男がいるから何かあったら主人に託すため、そして主人と一緒にやって行ってほしい次男へ伝えたい事や願いを伝えなきゃと思った。





去年私が倒れて6月から治療が始まって

『何かあった時』の為に、飲んでるお薬の場所やお薬手帳、お店用バック、普段バックの中にストックしてるお薬の場所。飲んでるお薬を主人のスマホで写真撮ってスマホ保管して貰っている。






もっと細かい事言えば…

ご飯の炊き方、ガスの元栓を必ず閉める。料理するにあたりの心得(洗い物溜めればやりたくなくなるから(私が)料理しながら片付けるようにすると気持ち楽だよ。とか)レトルトや缶詰などのストックの場所、お茶の作り方、など




生活なのでまだまだ細かい事もいっぱい。

はい!教えます!ではなく、普段の会話中でがっつり盛り込む(笑)

まあ、また〜とバレバレですが。




あと、支払いや通帳、生命保険などのことを書いてまとめて主人に渡している。





また〜!と散々言っていた主人がある時から、私が話し始めると素直に聴いてくれるようになった。





次男は、私が居ない時や調子悪い時には、洗い物や料理をしてくれるようになった(オムライスやチャーハンですが。笑)






私は、インフルエンザや風邪以外の『何か』がある可能性があるし、ここが最大の大事な場所で大事な家族。それプラス、離れている一人暮らしの義母と母、そして離れている長男家族もいる。ここが大事な軸ではあるけど、誰かが何かあったときはその都度、軸が変わる。




一昨年父の看護と看取りで東京に行き来と数ヶ月東京滞在での、主人と次男の2人の生活を余儀なくされた。皆んな歳を重ね何がわからないし、長男家族にも何かあった時には同じ思い。そんな時私がいなくても、函館で主人や次男が最低限生活ができるようなった。




私の伝えたいこと、願いが伝わってきているようです。




その時にぶつかったときに感じればいい。

そう思う人はそれで良いと思う。




私は、私が伝えれれば伝えたい。まだまだ子供や主人に伝えたいことや願いはいっぱい。今どうのではない。いつかどこかで『そう言えば、ママあんなこと言っていたな』と頭のどこかで思い出したり、何かのときにストッパーになったりしてくれたらいいと改めて話すのではなく日常的に会話の中で盛り込む(バレバレでしょうが。笑)




あとは自分が1日でも健康で笑顔でいれること。それは家族が私に願い伝えてくれていることだから。しっかり受け止めなきゃね。





まずは自分の気持ちと向き合い大切に。

次は大事な家族の気持ちと向き合い大切に。

それから余力があれば他人様。




でもここがなかなか難しい。

これが逆になるのよね。

それが人間だな( ̄▽ ̄)