こんばんは![]()
砂糖・カフェインへの依存と向き合う日々。
本日は、ついつい牛乳を買っちゃいました。
牛乳の恐ろしいところは、、、
ごくりっ
コーヒー牛乳(お洒落に言えば、カフェオレ)を
ほいほいと作ってしまうところ!
実は、まだうちには
インスタントのカフェインレスコーヒーが
あるのです。
カフェインレスでも、ゼロじゃない?
飲むと依存症状が出てくる。
牛乳がまだこのくらいあるから、
残すともったいないから、
あるだけは飲んでもいいかな?
そんな気持ちになっちゃって
繰り返されるカフェイン摂取のループ。
これがだんだんチョコにまで発展するのです。
摂取しないと、頭が重たかったり、
テンション上がらずやる気が出なかったり、、、
まぁ、私の場合ですけど。
そんな私がたどり着いた考え。
お菓子・砂糖 = 愛情・エネルギー
って誤解して思い込んでいる!
どういうことかというと、
そもそも私、お菓子や砂糖が好きなのかな?
食べてるときに、ものすご~く、幸せ?
どういう気持ちで食べてる?
って考えました。
すると、でてきた答えは、NO!
小さい頃は、別に好きじゃなかった。
食べていて、そんなに幸せ感じない。
とりあえず、なんか補給しているみたい。
無理やり食べていることもある。
早くなくなればいいのに、と思っている。
う~ん?
それならどうして食べるの?
と、もう一段階考えて、思い出したこと。
色々なことがツラくて小学校をずる休みしていたとき、
おじいちゃんが買ってくれたアイスクリーム。
本当に欲しかったのはアイスクリームじゃなくて
親の愛情。
でも、愛情の代わりにもらった、アイスクリーム。
買ってくれたことは嬉しかった。
小学校の夏休みに従兄妹が泊りがけで遊びに来た。
お母さんが買って準備しておいた三ツ矢サイダー、
普段なら手にできないもの。
子ども心に楽しみにしていたけれど、
私が飲みたい気持ちは、
「従兄妹達が一緒に飲むならいいけど、欲しがって
ないでしょ?」
と砕かれた。
愛情とお菓子・砂糖は、共にあることが多い。
冠婚葬祭の引き出物や、挨拶の品、お土産も
お菓子・砂糖が多い。
お菓子や砂糖は貴重品だった時代があるからかな。
もらいもの、プレゼントには、
思いやりや愛情が入っていると思うから、
なかなか捨てられない。
お菓子は食べれば無くなるだけに、
なおのこと、残せない。
本当は、気持ちだけ受け取ればいいのにね。
「ありがとう」って。
こんな下地があったから、
お菓子・砂糖は愛情なんだと誤解してる。
だから、
愛情を欲するとき、
(他人に気疲れして自分をいたわりたいとき)
疲れたとき、
(エネルギーが不足していて補充したいとき)
ついついお菓子を口にしちゃう。
もう、あとは自分に言い聞かせるしかない。
お菓子は、私が望んでいる愛情でも
エネルギーでもないんだよ。
と。
