これ! っていうものがない。
何でもある程度できちゃう、器用貧乏。
だからしょうがないよね、見つからなくても。
でも、本当は、これ! っていうのが欲しい、、、
なーんて、厚かましくもこっそりと思っていたわけです。
ええ、つい先程まで。
相方が不器用なだけに、自分がある程度できるから、
厚かましい思い込みが助長されていました。
過去の記憶は、うまいこと編集されているしね。
私、毛糸の作業が実は苦手でした。
発覚というか、認識したのは、つい夕方のこと。
子どもが
「ひまだから一緒にやろう」
と言って持ち出したのが、毛糸を使うポンポン作りの
マシーン。
持ち出す前から、嫌な予感がしたんですよね。
前にも手伝って、ついイライラ。
今回も。
マシーンがうまくまわらない、直そうとほどいたら、
毛糸がこんがらがってぐちゃぐちゃ。
心のなかで、
「ポンポンなんて、マシーン使わず手で巻いて作れ!」
と叫び声が上がります。
なんとか毛糸を巻き直して再開するも、子どもは無言。
夕飯の準備の時間だけど、準備には取りかからず。
出来上がったのは、いつもなら夕飯を食べ始める時間。
異様な雰囲気を察してか、皆が無言。
しばらくしてから、思い出しました。
鍵編みも棒編みも、機械編み(セーターも編めるという
子ども向けの簡易品)も、子どもの頃にやっていた。
鍵編みは横が凸凹、棒編みは表編みと裏編みが混在、
機械編みはケージが外れてばかりで断念。
指編みであやとりの紐くらいは作れるけど、今やっても
楽しくはない。
うーん、どれも、母親の真似をして、母親と同じ作業を
したかったのかも。
母親のことが大好きだったんだね、たぶん。
こんがらがるところ、
布と違って切れたらあっさりほどけるところ、
まとわりつくところ、
毛糸の作業の、そんなところが苦手
ゼロではないけど、「出来る」という点数ではなかった。
ふふふ、
苦手が見つかり、器用貧乏から一歩脱出。