夜、子どもを寝かしつけているときの会話。
子 「かーちゃん、もうすぐ死ぬよ!」
私 「もうすぐって、どれくらい?」
子 「うーん。100年後。100年後まで生きてる。」
私 「そうか。長いね。」
子 「じーじ、ばーば(私の毒親)もね、死ぬよ。
あと10分!あと10分で死ぬよ!」
正直なところ、日頃、「毒親、早くくたばれ!」と
心の中で思っていた私。
でも、10分後に死ぬと聞かされ、喜ぶかと思ったら、
そうじゃなかった。
まさか、と思いつつ、なにか突発的な事故でも起きれば、
そういうこともあり得るかも、なんて、心配をした。
「死ぬなんて、言わないほうがいいよ。」と子に言っていた。
言葉の持つ力は、大きい。
だから、本当になるのが嫌だった。
「どうして?」と子どもに尋ねられ、
「うーん、みんなまだ生きていたいと思うだろうから。」と
本心とは別の答えを言ってしまった。
自分の本心は、違う、と気づいた。
「毒親でも、好きだから。まだ死んで欲しくないから。」
毒親を持つ辛さ。
たぶん、普通の親を持つ人には、わからない。
「それなら、さっさと毒親から離れて、自分の人生を生きれば
いいじゃない。」と言われる。
でも、なかなかできない。
毒親に対しても、やさしさを持ってしまう。
「共依存」なんて言葉を聞くと、へこむ。
ここまで出てきた自分の感情も、心の奥へ片付けて、元通りに
過ごそうか、なんてことも考えてしまう。
ただ、思うこと。
毒親に対するやさしさも、思いやりも持っていていい。
自分に対するやさしさも、思いやりも、あわせて持てばいい。
やさしい自分を否定しなくていい。
ほんの少し、自分の人生の目標を見つめなおすといい。
毒親から解放されてから、自分の人生を生きようとすると、
毒親の死を待つことになる。
やさしさを持つ人にとって、人の死を待つことは、苦痛。
だから今、自分の人生の目標を見つめなおすといい。
自分を慈しめばいい。