ひっさびさの、「摂食の記憶」 シリーズです。


ちょっと久々なので、繋がりが把握出来るよう

前の記事を貼っておきます。


初めての方は、是非こちらも読んでくださいね。


本 Vol.19 摂食の記憶。 ~母の変化①

本 Vol.20 摂食の記憶。 ~母の変化②

本 Vol.21 摂食の記憶。 ~母の変化③



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改めて、もう一度お断りしておきますが、

私は、摂食当時のことを、大まかには覚えていますが

詳細な記憶を、失っております。


それは、単に加齢からくるものというより、

私が今後生きていくうえで、必要のないものだったから捨てたのだと、

そう理解しています。


摂食になったことを、後悔していないし、

だからこそ得たものがあると、感謝すらしていますが

きっと細かな記憶は、抱えて生きていく必要はないと

そう私の心身が判断したのだと、思っています。


埋めた記憶を掘り起こすことは、なかなかしんどく

それ故、遅筆になってしまうことを

ご理解いただければ、幸いです。


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これまで私は、母のことを色々と書いてきました。


どれだけ傷付けられたか・・・

どれだけ踏みにじられたか・・・


でも、私が心底嫌がった2度目の入院から

救いだしてくれたのも、まただったのです。



ある日、本当に突然に

医者から退院を言い渡されました。


私は、なぜだかよく分からなかったけれど

このチャンスを逃す馬鹿はいません。


はっきり言って、理由なんてどうでも良かった。

出られさえすりゃ、こっちのものです。



実はこの時、母が医者に頼み込んでくれたんだそうです。


もう、退院させてあげてください。

この子の望むように、してあげてください。


その結果、この子が死ぬことになっても

私が責任を取るから、と。




これは、もっと後年、

母と私の仲が回復してから聞いたことですが、


毎日毎日、何をするでもなく、ただただ泣いて過ごしている私を見て、

初めて母は、



可哀相だ



と思ったそうです。




「初めて」ですよ。


娘の私からしてみたら

「じゃあ今までは?」って感じですが、

でもこれが、親の本音だと思うんです。



娘のため・・・

生命の維持を守るため・・・


もちろん、そういう気持ちも紛れもなくあるにせよ、

入院させることによって、


これでようやく、他人の手に委ねることが出来た・・・

荷物を下ろすことが出来た・・・

少しは、自分の生活の安定がはかれる・・・


そんな気持ちも、

ないとは言えないと思うんです。


そして子どもは、

それをしっかりと見抜いている。




母の医者への宣言は、言ってみれば

娘(=私)のことを、ようやく自身の問題として担う決心がついた


そういう宣言でもあったように思うのです。




めでたく家へ戻ることになった私ですが、

ここから劇的に回復への道のりを辿ったというわけでは

残念ながらありません。


でも、振り返ってみた時に、やっぱりここが

大きなターニングポイントだったと思うです。





※ 目次作りました! 前回までの記事はこちらでチェック!人差し指

「摂食の記憶」目次 → メモ



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