1945年8月6日午前8時15分、広島市に日本で最初に原子爆弾が投下されました。
そしてその3日後の8月9日午前11時2分、長崎市に原子爆弾が投下されました。
そして、8月15日終戦をむかえしました。
どの日も忘れてはならない日。
原爆が投下された長崎には、今でもその戦争の傷跡、恐ろしさを感じさせられる場所が所々に残っています。
山王神社 一本柱鳥居
1・3号系統大学病院前電停で下車
今までは、車窓からしか見たことがありませんでしたが、今回は間近で見てきました。
この場所は、爆心地から約800メートルという近さにあり、片方の柱が猛烈な爆風で吹き飛ばされながらも、残された片方の柱で今でもしっかりと立ち続けています。
遠目からは分かりませんでしたが、近くに行って見ると、鳥居の上部が爆風でねじれた姿が分かります。
長崎平和公園
1・3号系統松山町電停で下車
垂直に挙げられた右手は原爆の恐ろしさを表し、水平に延ばされた左手は平和を示しており、顔は戦争犠牲者の冥福を祈るため、瞼が閉じられています。
この泉の正面には、当時9歳だった少女の被爆手記が刻まれています。
『のどが乾いてたまりませんでした 水にはあぶらのようなものが 一面に浮いていました どうしても水が欲しくて とうとうあぶらの浮いたまま飲みました ―あの日のある少女の手記から 』
人と人との醜い争い、事件、事故などによって、大切な命が奪われませんように。
自然による災害などで、大切な命が奪われませんように・・大切な街が破壊されませんように。
世界中の平和を願います。





