世間は父をよく知っているのに、僕は父の実像がわからないというか……。 | たまきちのブログ

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2006年元旦 ピンクとブルーの巴にくるくる輝くお日様を見ました。

 

中井貴一さんのお父さんの佐田啓二さんが

交通事故で亡くなったのは30代か。

ジェームスディーンみたいと思った。

 

 

 

 

 

 

家に父がいる感覚がわからなくて

 

テレビドラマに限っても、『風のガーデン』(2008年)のようなシリアスな作品から『最後から二番目の恋』(12~25年)のようなコミカルなものまで、広い芸域で大人の男の魅力を遺憾なく発揮する中井貴一さん。

天下の二枚目俳優だった父・佐田啓二を交通事故で失ったのは、中井さんが3歳の誕生日を迎える直前。そのことが人生にどんな影響をもたらしたのだろうか。

 

――そうですね。僕の一番最初の転機は、まさにその3歳直前で父を失った時だったんだろうな、と思いますね。

作品の中で動く父、喋る父が残っているだけに、逆にもやもやしたものが自分の心の中に残っていくんです。

世間は父をよく知っているのに、僕は父の実像がわからないというか……。

 

父は当時大スターでしたから、残された家族は生活には困らなかったでしょうと言われたこともありました。でも37歳の若さで亡くなりましたから、貯蓄なんてなかったですし、母は父の保険金だけで姉の貴惠と僕を育てなきゃならなかった。

だからお金の苦労をさせてもらったことが、今の自分を形成していくうえで、すごく大きかったと思いますね。

 

 

小学校3年の時、友達の家に遊びに行ったんです。

夕方になり、夕飯の支度ができているようなのに、なぜだか食べ始める雰囲気じゃない。それで友達に、「食べないの?」と訊いたら、「お父さんが帰って来てから」って。

僕には家に父親がいる感覚がまったくわからなかったので、へえ、そういうものなのか、と思いました。やがて友達のお父さんが帰って来て、給料袋らしきものをお母さんに手渡すと、「ありがとうございます、ご苦労さまでした」と言ってる。

 

友達は、「今日は給料日だから、ご飯がちょっと豪華なんだよ」って。

その時、うちはどうやって食べているんだろうとふと思うわけですよ。

小3の僕が。

 

それで帰って母に「うちはあの封筒がないのに、どうやって食べてるの?」って訊いたら、母が「貯めた池の中から水を汲み出して、みんなで飲んでるの」と言う。

「その水は増えないの?」「一切増えない。だから大事に飲まなきゃね」。

その夜のことは強烈に印象に残りました。じゃあ我慢しなくちゃ、って。

 

我が家では、姉は女の子だから我慢しなくていいけど、男のお前は我慢しろ、と家長教育を受けてきたんです。

今の時代からしたら、意味がわからないでしょうけどね。

とにかく、父が亡くなったことが、僕の人格形成期に大きく影響しているので、これが第1の転機です。