
台湾・鹿港文武廟
清朝から日本へつながる歴史
まだまだ台湾中部、鹿港観光が続きます。
電動客車に乗り、ガイドさんの案内に
耳を傾けることで、観光がより充実します。
次に向ったのは、鹿港文武廟。
文祠と武廟が垣根なく存在し
文武廟と名付けられました。
1811~27年に建立されたそうですが
火災や地震などで何度か修復され
文武廟と名付けられました。
1811~27年に建立されたそうですが
火災や地震などで何度か修復され
現在の建物は2005年ということで
比較的新しいです。
比較的新しいです。
日本時代に北白川宮能久親王が
鹿港を視察されたという石碑がありました。
鹿港を視察されたという石碑がありました。
北白川宮能久親王は台湾史において
大変重要な人物です。
大変重要な人物です。
当時近衛師団長だった親王が
1895年5月30日、台湾北部の基隆に上陸。
1895年5月30日、台湾北部の基隆に上陸。
日本時代が始まったといっても過言ではありません。
その後、台南へ進駐し、
病で亡くなったそうです。
病で亡くなったそうです。
では、鹿港文武廟内の文開書院から。
文開書院は文祠に併設された
いわゆる学校です。
ここから多くの科挙合格者を輩出したそうです。
花瓶の形をした特徴ある門。
ガイドさんに教えてもらわなければ
花瓶だと気づかなかったでしょう。
独創的なフォントの書。
建物の壁にはこのような書や
絵画が無数にありました。
次に学問の神様、文昌帝を祀る文祠
關聖帝(関羽)を祀る武廟。
渋い~~~!!文祠も武廟も。
鹿港にある廟は、どこも渋さが際立っている
そう思うのは私だけでしょうか?
敷地前の池、真ん中に鯉の噴水。
だけど、噴水は稼動しておらず残念でした。
ガイドさんがたくさん解説してくれましたが
私は夫が通訳してくれないと
ほとんど理解できません。
情報量が多ければ多いほど
夫の通訳は手抜きになります。
ということで、ブログを書くには
あとから調べたりしています。
これが案外、歴史の勉強になるものですね。
面白いです。
小難しいことは端折って
ブログに書いているので
歴史に詳しい方には陳腐な内容かもですが・・・。
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