白洲正子の随筆の世界が目の前に立体となって現れた至福。 | 人生好転術を発信✨50代の小さな起業と生き方を後押し!

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編集者歴27年、個人起業初心者コンサル4年。編集者として培った「他者目線で強み・魅力を見抜く」スキルを活かし、自分の時間を持てるようになった今から輝きたい・活躍したい、起業&ライフスタイルのステージアップを目指したいアラフィフ女性をサポートしています。

私が、随筆家・白洲正子を知ったのは

かれこれ25年ぐらい前のことです。

(敬称略をご容赦ください)


 

東京で編集長をしていた叔父は

私が幼少の頃より、

今も誕生日ごとに

本を送ってくれていますが

 

その叔父からもたらされた本、

 

 

『白洲正子自伝』

 

 

 

『遊鬼 わが師 わが友』

 

当時、海外暮らしから

帰国して間もなかった私は

 

この2冊で一気に白洲正子の

書く文章に引き込まれました。

※白洲正子 1910-1998

 

 

難しい言い回しをしているわけではなく、

しかし、物事に対する視点はするどく、

 

でも、そこにほんのりとした

温かみがあるというところでしょうか。

 

そして流麗な文章。

 

 

上に挙げた2冊は

これまでに何度も読み返し、

 

今でも折に触れ読むことで

どこかしら自分の日本語のズレを

元に戻しているような気もします。

 

 

正子がスーパーセレブでありながら

嫌味なく感じるのは

 

思い立ったらすぐ行動し

東奔西走することから

「韋駄天お正」とあだ名され

その性格によるところが大きいのかもです。

 

 

小さい頃から能に傾倒し、

女性として初めて能舞台に立ち

 

その感性や思考は「能」の素養に

原点があると私なりに勝手に解釈。

 

 

さらには、正子の祖父が

鹿児島出身の海軍大将で

伯爵の樺山資紀という部分にも

親しみを感じていました。

 

 

正子は自らの意思で14歳でアメリカへ留学。

 

後に、同じく海外留学をした

後に吉田茂のブレーンとして
日本国憲法制定と戦後復興のキーマンとして活躍した白洲次郎と結婚。

 

 

そして、戦後、青山二郎小林秀夫らと

親交を結び、骨董、文芸の世界へのめり込み、

その審美眼と文章力を鍛えられていくのです。

 

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そんな白洲夫妻が暮らした家

武相荘”での暮らしが再現された企画展

白洲次郎生誕120周年記念特別展
「白洲次郎・白洲正子 武相荘折々のくらし」

(かごしま近代文学館)に

 

昨日、足を運んできました!

 

なんだか嬉しそうな私(笑)

 

そこには著書で読んでいた

白洲正子と次郎夫妻の

暮らしと息遣いのようなものが

そこには感じられ、

 

平面だったものが立体的になり

私の目の前に広がった空間に

身を置けたのはとても嬉しいひとときでした。

 

 

それについて詳しく書くのは

なんとなく野暮な気もするので

今日の記事は正子のこの言葉で終わります。

 

 

“美しい骨董を見ることは、

 

そして使うことは

 

自分を豊かにすることだ”

 

(出典「骨董との付き合い」「風花抄」)

 

 


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