おはようございます![]()
今日は前回のソラ寺子屋 に来て下さった聖観音さんに出てきてもらおうと思います(^^)
聖観音さんは、いろいろいらっしゃる観音さんの中でも、姿形はシンプルな観音さんです。
(僕が見ると、ごく普通のシンプルなほっそりとしたお姿の観音様に見えます)
「聖観音さんですか?」と伺ったところ穏やかに微笑みながら頷いて下さいました(^^)
ただ、前回の記事 のマーフィーさんについてもそうですが、実際に聖観音さんかどうか、マーフィーさんかどうかは、確証を持ててるわけではありません。
魂を拝見して、濁りない存在であることと、エネルギーや見えてくるお姿から、文化的な背景(例えば書物から伝わるエネルギーや教えに含まれる思想のエネルギー)と一致しているのは確認しています。
でも、それだけでは本人だと断定できないのですよね~(´ω`)
この世みたいに身分証明書があるわけではないので(笑)
これは、まぁ見えない世界にはついて回ることだと思いますが…、
個人的には、魂が濁りなく、善意を持って接してくれているかが最も重要だと思っています![]()
なので、このブログではいろいろな存在が出てきますが、魂に濁りなく、善意を持った存在であることは僕が確認できる範囲で保証しますが、本人かどうかについてはあくまでも僕の「推測」であるとご理解下さいませ
m(_ _)m
さて、前置きが長くなっちゃいましたが、今日聖観音さんに聞いてみたいのは、『知恵』に関することです(^^)
前回のソラ寺子屋で聖観音さんは『知恵は命で、自然と育まれるもの』と言っていました![]()
この辺をもうちょっと突っ込んで聞いてみようと思います(^^)
聖観音さん、よろしくお願いします(-人-)
聖観音「はい、では知恵について話を深めていきましょうか。
私は先日の集まりの中で『知恵は命であり、心の中で育まれるものである』という様なことを言いました。
現代社会の中では、知恵と知識についての境界があいまいで、ほとんどの人が知恵について正しい理解をしていない様に思います。
大切なのは、知識をより咀嚼し、実践し、知恵として体得していくことです。
例えば『批判をすることは、自分のためにも、相手のためにもならない』という教えがあります。
これは釈迦尊の教えですが、これを知識として理解することと、知恵として体得することには雲泥の差があります。
大切なのは、この情報の背後にある生き方そのものであり、実践していく中で理解を深め、身につけていくことそのものです。」
うーん…、でもぉ、聖観音さんにそう言われると、権威ある言葉としてみんな『そうか、批判しちゃいけないんだぁ(´ω`;)』って”批判は悪いこと”みたいに思うんじゃないでしょうか…。
お釈迦様もそうですが、仏教って師が弟子を導くという権威がありましたよね。
そうすると、師の言うことは絶対だと思って、言葉通りの知識で、心を縛ってしまうんじゃないでしょうか?
僕個人としては、いろいろなプロセスの中で、一人で感情を抱えて溜めこむよりは思い切って感情と批判を吐き出した方がいい場合もあると思いますよ?
聖観音「まさにその通りですよ、私が言いたいことは。
よろしいですか?
この際ハッキリさせておきましょう。
釈迦尊は仏教に権威を取り入れました。
しかし、それは多くの人に思想を普及させるための方便だったのです。
弟子にとって『師は絶対』でしたし、そちらの方が教団として維持しやすく、普及しやすかったのです。
ですが、時代は変わりました。
すでに法律では個人の自由が尊重されています。
個々が自分なりに考え、自分なりに知恵を育んでいくことが大切な時代です。
ですから、今の時代にも釈迦尊の権威が生きていると思うのでしたらそれは誤りです。
釈迦尊自身も、この時代には自分の方便が通用せず、むしろ制約となる可能性を見ていました。
そのため、『末法の世では私の教えは通用しない』と言葉を残しているのです。」
あ~、やっぱりそうなんですね。
観音さんにそう言って頂けるとスッキリしますね(^^)
特別、仏教的な教えや境地に権威はないわけですよね。
誰かの教えや境地を絶対視するよりは、自分の心の感じることを大切にしていった方が良さそうですね。
聖観音「その通りです。私が伝えました『知恵は命』ということもまさにその通りなのです。
皆さんは、私や神々が語る言葉を聞くと『それには従わなくては』と思うかもしれません。
思考では考えずとも、心が反射的に受け入れてしまうのです。
それは、地球での転生を繰り返し、長きにわたって宗教の権威的なメッセージに触れてきたためかもしれません。
また、過去世で仏教に触れた人は、従順であることが価値を得る方法であると、心のどこかで信じているのかもしれません。
ですがこれからの時代、大切なのはご自身の主体性です。
私が語る言葉は、知識として思考の糧とするよりも、皆さんのお心に浸透し、栄養として育まれることを希望します。
つまり、言葉をそのまま『従うべきこと』として捉えるのではなく、お心が何かに気付くことが大切なのです。
逆に言うなら、お心が『大切ではない』と感じるのでしたら、その情報は一切気にする必要はありません。
たとえ、私や別の権威ある神々が語ったとしてもです。
よいですか、心とは野に咲く花々のようなものです。
必要な時に必要なだけ光を得て、必要な時に必要なだけ水を得ることで成長していきます。
光が素晴らしいとしても、浴び続ければ花は枯れてしまいます。
水は貴重だとしても、与え続ければ花の根は腐ってしまいます。
何事もバランスなのです。
そのバランスを知っているのは、あなたの心だけです。
ですから、師が…または神が『こうしなさい』とか『こうすべき』という言葉が絶対視される時代は終わったのです。
むしろ、個々で栄養となる言葉を選び、必要な時に必要なだけ得ることが大切なのです。」
なるほどぉ~∑(゚Д゚)
わかります、わかりますよ~。
そういえば、最近お会いするお客様の中には僕たちのブログをあんまり見なくなったとおっしゃる方も何人かいらっしゃいます。
でも、ありがたいことに直接僕には会って下さるんですよね(^^)
それは、お心が知識としての情報は必要としてないけど、知恵を育むための栄養を必要としているということですよね?
聖観音「その通りです。
むしろ、知恵が進んでいる人ほど知識を必要としない傾向があります。
大切なのは、得た知識を実践出来るまで心に体得させることです。
自分なりの探求を通して気付きを深めていくことで、心と体になじみ自分らしく応用していけるようになるのです。
どちらかというと、知識そのものよりも、そういった自分なりの作業の方が重要なのです。
新しい情報を自分という命に合う様に、咀嚼し、実践し、自分なりに再構築し、自分の人生に取り入れるということです。」
そういえば、以前聞いた話で”人間にはハートにもう一つの脳みそがある”って誰かが言ってました(^^)
観音さんの話を聞いてそのことを思い出しましたよ。
ハートは魂との接続ポイントですが、自分なりに気付きを深めて実践していくことは、頭での理解からハートでの理解で生きるってことかもしれませんね![]()
そうすると、ハートは体の中心なので、自然と知恵が体になじんでいくのだろうと思います。
観音さんが言いたいのはそういうことですよね?
聖観音「そういうことです。
それによって、思考が平静でありながら、深い気付きと知恵に溢れた人生を過ごすことができるのです。
ピースさん、あなたもまだプロセスの途上ですよ。
もっともっと思考をハートに落し込む作業を続けて下さい。
あなたの場合は中途半端でプロセスを手放してしまう癖があるので気をつけて下さい。」
えええ~!?( ロ) ゚ ゚
ここで、まさかのダメだしですかぁ(;^ω^A
聖観音さん僕にメッチャ厳しいんすよね…。
勘弁してほしいっす…(TωT)
聖観音「あなたは、私達のエネルギーと思想を正確に伝える役割なのです。
ですから、それなりに自分を磨いていく必要があります。
ですが、そのかわり現代社会での一般的な苦労からは離れているでしょう。
あなたは繊細ですから、一般的な職場で働くのはまだ辛いかもしれません。
それが大丈夫になるまでは、しっかりと自分の心を鍛え、磨いていく必要があります。
それではじめて、このような目に見えない世界と、一般的な世界を繋ぐ架け橋の役割ができるのですから。
それに、私は期待していなければ厳しくしませんよ。
ですから喜んで修行に励んで下さい。」
ああああぁ…言ってることがその通りなので、グウの音も出ません…∑(゚Д゚;;)
やっぱり、こういう知恵を扱う以上、一般的な社会に浸透させられる自分の器が必要だなぁと思います。
その辺、今までも意識してきましたが、これからもしっかり鍛えていこうと思います~ヽ(;´ω`)ノ
そして、厳しい現代社会で働かれているこのブログの読者の皆様を心から尊敬しますm(_ _)m
このブログで書かれている情報は、皆様のお心のままに、必要なところだけ栄養として受け取って頂ければ幸いです(^^)
どんな内容も、『それが正しい』ことや『そうしなくちゃダメ』ということはありません☆
大切なのは、皆様のお心がより深く明るくなったり、幸せになったりして、それが根付くことなのです![]()
なので、ご自身のお心に栄養になるなぁと感じる部分を拾っていただいて、自分なりに深めてみるといいかもしれませんね(^^)
このブログはぁ、ちょっと理屈っぽいところもあるかもしれませんが、なるべく言葉には優しさや明るさのエネルギーを込めて、お心の栄養になれるように発信していこうと思います![]()
これらかも、どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m
ご覧くださいまして、ありがとうございました![]()