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■多忙な個人事業主・起業家様を事務面でサポート|オンライン/東京

東京在住。事務歴25年目のパラレルキャリア。忙しい個人事業主や起業家の皆様の使える時間を増やすお手伝いを、事務面からさせていただきます。

「豊かさ」。

この1ワードで思い浮かべることは、

人それぞれかと思います。

 

すごく抽象的な概念だから、

「あなたにとっての本当の豊かさは何ですか?」

と問われたときに、

即答できる人は多くないのではないでしょうか。

 

もしくは、自分が「豊かさ」と思っている事が、

親からの刷り込みだったり、

世間体(これが成功と言われていること)だったり、

周りから賞賛されることだったりetc

 

他人軸全開

なものだったりすることも、

あるあるなんじゃないかなぁ。

 

だから、その「豊かさ」を得るために

努力して、我慢して、歯を食いしばって頑張って。

その割に、むくわれなさを感じたり。

たとえ手に入れたとしても

心の底が満たされなくて、

「もっと豊かにならなければ!!」

って頑張りまくループに突入。

まるでハツカネズミみたく、

くるくる、くるくる回って回って、消耗して

「なんか違う・・・?」ってなる。

 

「豊かさ」の定義がズレた頑張りは辛さしかもたらさない

というのも、実は私、

「成功」=豊かさ

「稼ぐ」=豊かさ

「人気者になる」=豊かさ

「仕事で評価される」=豊かさ

って、これまで思ってまして。

その豊かさを得よう、得ようと

自分としては頑張っていたのだけど。

頑張れば頑張るほど、

「こんなに頑張ってるのに・・・。」

と投入した頑張りに比べ、

結果が得られないことに不満がつのるという

負のループをずーっと繰り返してたから

そう思うのです。

 

これは、絶叫のループ@としまえん↓

 

 

謎の自分縛りが負のループを生む悲劇

でも、

「頑張らないと生き残れない」とか

「頑張ることをやめたら、置いていかれる」とか、

「仕事ができない=存在価値がない」とか

「人気がない人は価値がない」とか

謎の思い込みがこびりついてて

「頑張る」ことをやめられずにいました。

 

ま、恐怖が背景にあって、

その恐怖から逃れるために頑張り続けてるから

そりゃぁ、うまく行くわけないよね。

今、客観的に振り返ってみると、

分かりすぎて笑っちゃうのですが。

 

「頑張り・強制ストップ」で気づく、豊さの本当の意味

そんな折、

「頑張ること」を強制的にストップさせられたのが、コロナ禍による外出自粛・ステイホーム。

 

行動が大幅に制限され

近所の散歩か、スーパーへの買い物でしか

外出もしない生活を4カ月近く続けることになり。

 

「頑張りどころ」がなくなったので

頑張ることが、必然的に無くなりました。

 

「頑張り」から「楽しみ」へシフトして見えてきた「豊かさ」

その代わり、家で楽しめること

たとえば、

失敗続きのベランダ菜園をリベンジ

とか、

塩麴や醤油麹を仕込んで活用する

とか

布マスクを増産する

とか

晴れた日はおふとんを干す

とか、

近所の草花の写真を撮る

といった、日常のちょっとしたこと

だけど、やると楽しいよね✨

ということを するようになり。

 

以前なら、「収入に直結すること」に

優先的に時間を割いていたのと

真逆な事に時間を使うようになりました。

 

そしたらね。

頑張らなくても、別に、

自分の価値って変わらないんだなぁ。

ってことに、気付いちゃった。

 

ってか、自分の価値って何だ?

それって、必要?

価値の有り無しを考えてるから辛いんじゃない?

 

頑張らないと、置いていかれるとか、

何にそんなに焦っていたんだろう。

 

更に、ベランダ菜園のシソやバジルやローズマリーが、わっさー育ちすぎて

使うのが追い付けないほど成長するのに

嬉しい悲鳴をあげたり、

それらをお料理に取り入れたら

料理の味がワンランクアップして、

美味しさに呻ったり。

 

お日様に干したふかふかな布団で寝ると

ぐっすり眠れて快適な朝を迎えられたり。

風が強い日に威力を発揮するCanDoの布団干しベルト↓

 

仕込んだ麹でラク旨料理に舌鼓打ったり。

塩麴で漬けたプチトマト&きゅうり↓

 

 

これまで見向きもしなかった

ご近所の草花の美しさに、

ステイホーム中、めちゃくちゃ楽しみを与えてもらったり。

ドクダミって綺麗なのねと写真撮ってみて気づいた↓

 

頑張っていた頃には感じることができなかった

穏やかな満足を感じられてる事に気づき。

 

私にとっての豊かさは、これなんだなぁ。

ということに肚落ち。

 

「他人軸」で定義した豊かさは真の豊かさにあらず

これまでは、バリキャリで仕事成功し

超売れっ子で「月商7桁」稼いで

仕事は忙しいから、家事は外注♪

お食事は東京カレンダーに出てきそうな

映えるゴージャスなレストランで、

パートナーとシャンパンで乾杯ボトルシャンパン

 

的な、SNS上でよく言われる

「成功女性」というのが

「豊かさ」と思っていたのだけど、

私にとっての豊かさは、

それじゃぁなかったんだなぁ。

(ハイパー他人軸な豊かさの定義すぎてワロタ)

 
豊かさは自分の感覚ファーストでいい

それよりも、

最近「豊かだなぁ」と思うのは

自分で工夫して、何でも作ってしまう人。

 

例えば、ドレッシングや豆板醤、麹系や

めんつゆ、ポン酢などから布マスクなどまで、

手に入らないなら自分で作る!という

創意工夫と発想力がある人。

 

その方が、添加物とかケミカルなものが入らない

身体に良いものが作れるし

愛情もたっぷり込められているから

とても豊かだなぁと思うのです。

 

そして、あるものを大切に使い、

「始末の良い」人。

自分が気に入ったものを厳選して、大切に使う。

そして、引っ越しなど物理的な事情で

どうしても手放さなければならない時は

欲しい方に譲ったりして、再活用してもらう。

※バンバン欲しいと思うままに買って、自分がいらなくなったら他の人にあげるというのとは違います。

 

ポンポン物を買って、盛大に断捨離するのは

地球環境にも優しくないと思うので

「お気に入りを厳選」して

最後まで大切に使うというのは

きちんと自分の選択基準とセンスがあり

物への愛情もある、とても豊かな精神だなぁと思ったのです。

 

まぁ、これは「私が感じる豊かさ」であり、

他の人は、その人その人で

豊かさの定義があると思うから

これが正解!というつもりは毛頭ないのですが

自分にとっての、自分軸で感じる

「豊かさ」を知るのは

とても大切なんじゃないかなぁと思いました。

 

まとめ!私にとっての「豊かさの定義」

私にとっては

「お金を稼がなきゃ」と焦り、

稼ぐことに頑張ってストレスを溜め、

それを発散するためにお金を使い、

使って減った分

「また稼がなきゃ」と焦るというのは

豊かさにはつながらないんだな。

それをやっていると、

家庭の雰囲気も悪くするし。

 

それに、精神をすり減らしながら

使いきれる以上に稼ぐよりも

丁度いい収入でやりくりする方が、

やりくりの過程も楽しめていいタイプなんだな。

 

稼がなきゃ!と焦るよりも

「今あるものを大事に活かす」

「生活の知恵をフル活用して彩りある生活をする」

方が、自分の性に合っているし。

 

実は、ハーブを育てることも、

料理をすることも

(高校生の頃は、栄養士になりたいと思ってた。母から猛反対されて諦めたけど)

お絵描きすること(今でいうところの写真を撮る事)も

子供の頃に夢中になったことでもあったんだなぁと

改めて気づきました。

 

 

絵はうまく描けないけど写真なら思い通りの世界を描けるのだ♡↓

 

物(お金も含む)や、

ステイタスや

他者の評価を

「持つ」こと自体が豊かさなのではなく

持つ、持たないにかかわらず

「豊かだなぁ」と感じることをする事が、

豊かさなんだろうな。

 

ということに気づき

自分にとっての「豊かさの定義」が

ひっくり返ったステイホーム期間。

地味に、でも根底から革命な期間でした。

 

これまで会社に通うことに価値を感じてたけど

家で仕事できて、家事も充実させられる

在宅勤務の方が、断然いいなぁ✨

何と言っても、雨の心配せずに洗濯できるし

晴れた日にお布団が干せるラブラブ

めざせ、働き方改革お願い

 

ようやく緊急事態宣言が解除されましたね(^^)
 

私の派遣先は、とてもコロナ対策には慎重なので

緊急事態宣言が出される1か月前の3月初旬から

「基本在宅勤務にするように」とのお達しで。

派遣社員も、もれなく在宅勤務になり。

リモートワークしてもうすぐ3カ月に(Σ(゚Д゚)

 
写真は、最後の出勤日に会社の近くの赤坂Arkhilsで撮ったもの

 

 

在宅勤務に切り替わった当初は

「お肌に負担かけないよう、ノーメイクやー!」

と、最初の一か月間ノーメイクで過ごしていたのですが。

逆にそれが、肌荒れにつながり

大人ニキビが、噴火しまくって

お肌がブラマヨ吉田かよ?!

状態にまで悪化してもーたのです。

 

「な、、なぜΣ( ̄□ ̄|||)!?」

 

と、胸によーく手を当てて考えてみたら。

思い当る節が、ありました。

 

それは・・・・・・・。

「ノーメイク ノービューティ」

 

タコ おばけくん タコ おばけくん 宇宙人くん パンダ

 

私、コロナ以前でも

週末・ノーメイク生活をすると

ニキビがめっちゃできて悪化してたこと

気付いてしまったのですガーン

 

日常のスキンケアは

ニキビ悪化させるからという理由で化粧水・オンリー。

 

美容液も乳液も塗ってなかったので、ちょー乾燥砂漠肌。

だけど、平日はちふれのBBクリームを塗って

その上にファンデーションを塗っていたから

保湿とUVカットはできていた。

 

だけど。

ノーメイクだと、UVカット一切無し。

しかも、何も顔に塗っていないから、手で顔を触る癖が多発。

それが肌荒れ一直線へ堕ちる原因だったことに気付いた2020・4月上旬。

 

世の中は、桜が満開なのに「お花見自粛」と言われていた頃でした。

 

 

 

これでも私、社会人になるまでは、

「もち肌美肌」と言われ

「雪見だいふくみたい~✨」と、

友達にほっぺをむにっとつままれていた

ニキビさえなければ美肌ポテンシャルはある方(当社比)。

 

 

 

なので。

お肌の抜本的改革を進めるにあたり

化粧品一級スペシャリスト資格を持つ化粧品子さんのブログを読み漁り

プチプラで保湿&ニキビケアできるラインナップを

緊急事態宣言出される直前に大人買いし。

プチプラコスメで顔面固めたステイホーム・ライフに突入!

 

いつもの化粧水(無印良品の超保湿化粧水)の後に

ニキビが気になる箇所に

ロート製薬のメラノCCを刷り込み。

 

それまで塗っていなかった乳液を

「赤ちゃん肌にも安心」な

和光堂の「ミルふわ」シリーズのベビーミルキーローションを塗り。

 

ちふれのBBクリームを塗った上に

キャンメイクのシークレットビューティパウダーを塗って過ごし。

 

ニキビができ始めたら

メイクの上からメラノCC美容液を

すかさず塗る!

 

という生活を2か月近く送っていたら

ニキビとは無縁の美肌を取り戻せたんです✨

 

これまで、皮膚科でケミカルピーリングしてもらって

高濃度ビタミンC入り化粧水をつけて

やっとニキビ治ったと思ったら

それをやめた途端、ニキビ再燃だったことを考えると

トータルで5000円もしないケアで

絶大なニキビ・バスター効果が得られるなんて

コスパよすぎ!!!

 

感動した!(KOIZUMI元総理ふう)

 

しかも、キャンメイクのこのパウダー、

パッケージ可愛くて気分上がるわ

BBクリームの上から付けたら、めっちゃ美肌に見えるわ

マスクしてても、マスクにがっつり色が付かないわと

神すぎるコスメ✨

 

前髪切りすぎたのでうつむきショットで失礼します。

BBクリーム&キャンメイクのパウダー仕上げ肌。補正なし

 

私にとっては、

「肌に負担にならない&美容効果あり」

なメイクをする方が美肌への近道♡

という、「新しい生活様式」を取り入れることができた

貴重な期間でした。

まだ在宅勤務だけど。

 

ノーメイクは、お肌に優しいわけではない。

メイクをちゃんと選ぶことが

賢く美肌を手に入れる近道なのだなぁ。

 

2015年6月1日に、このブログを始めてから、もうすぐ5年になるのですが。

5年続けている割には、記事数なくて、400記事とちょっと。

 

毎日更新されている方って、すごいなぁ!と思っている派です。

Facebookなら、毎日更新してるのに、ブログはFacebookみたいに気軽に書けないワタシ。

 

両者は、何が違うのかなぁ・・・。

と、色々と考えてみたら。

 

「ちゃんとしたこと書かなきゃ」

とか

「読んだ人の役に立つこと書かなきゃ」

とか

「うわー、すごいわぁ!」と思われたいという欲とか

Facebookには載せていない欲や期待を

がーっつり ブログ書くときには載せて書いてるなぁという事に気づきました。

 

そんなわけで。いつもの反対に思いっきりふれてみようと

本日は、「脱・欲!脳内ダダ漏れ自動記録」みたいな乗りで

ブログが書けないワケをネタに、今日はブログ書いてみようと思います。

 

何で「役に立たなきゃ!」と思うのかというと

と、私がブログを始めた2015年頃のブログ界ムーブメントが

「日記ブログなんて、誰も読まない、価値がない」

で。

「誰の、何を、どのように解決するかを提供できてこそ意味がある」

みたいな風潮が吹き荒れていたので

「か、、書くならば、、お役立ちする内容でなければ・・・」

みたいな、謎な自分縛りが初期でセットされてしまったからなんですねぇ。

 

今でも

「お申込みにつながらない記事なんて意味がない」

と主張される方を時折見かけますしね。

 

でもね。

「自分の稼ぎにつながらない文章なんて書く意味なし」

みたいな考え方って、私にとってはめっちゃ受け入れがたくて

「そんなん、めっちゃカッサカサに乾燥した、潤いがない考えやおまへん?」

(↑謎の怪しい関西弁(笑))

って思うのが、正直なところなんですよね。

だってさ、読んでくれる人を札束として見てるように思えるから。

20160520_220351.jpg

 

そうは言っても、

「自分が好き放題書いたところで、読まれないし好まれないしなぁ」

と、読まれたい欲を抑えられない上に

「この人、すごーい!」みたいなことを思ってもらえる記事書かなきゃ

みたいな、欲がバリバリ出てて

自分で自分をブログから遠ざけてたなと、

スピードライティング※して今分かったなぅ(あ、今となうは同義か。)

 

※とにかく、考えると同時に書く!スピード重視。止まるな、打て!手法

IMG_20160523_220632262.jpg

 

でもね。

読んでいる人は、「自分が読みたい部分」を

「自分が読みたいように」読むのですよね。

自分が読むときもそうだし、

コメントもらったりすると、

「そこかー!」と相手の響きポイントから気づいたりした。

 

そもそも、自分が「こう思われたい」と思った通りに

受け止めてもらうなんてことは、

相当の文豪であっても100%できるかというと、そうじゃないわけだし。

 

だったら、「書きたい事、伝えたいことを書く」

「読みたいことを読んでもらう」

が、シンプルだよね。

 

「こう思われたい」と、期待するから

その期待を得たいと思って力が入る。

文章でもなんでもそうだけど、

期待=思考 が入っていると

「気軽な一歩」が踏み出せなくなるんじゃないかなと。

 

だって、「こ、この彼をゲットせねば!」と

ガチガチに気合入ると、

「うまく行かなかったらどうしよう・・」と恐れが出たりして

一歩目が踏み出せなかったり

踏み出したとしても、目がギラついていて

相手がドン引きしたりしちゃうと思うから。

 

もう、「とりあえず、”あはは~、うふふ~♪”書いちゃった♡てへぺろ」

位なノリで書いた方が、力抜けてバンバンかけるんじゃないかなと

今書いていて思った次第。

(てへぺろ♥)

 

あとね。

お申込みゲットとか、ファンを増やす♡とかだけが

ブログの使い方じゃないと思うんですわ。

 

「自分と波長が合う人とつながる自分の名刺」

的なものも、あるんじゃないかしら。

 

 

今、Twitter界見てるとすさみっぷり激しくて

昭和オバサンとしては、怖くてそんな戦場に乗り込む勇気無くてROM専なんだけど。

ブログは、穏やかな春の陽だまりみたいな世界で

安心して見てられるし

その人のセンスや人間性、価値観が分かるから

波長の合う人とつながりやすいツールとして

ものすごく使えるツールだと思った次第。

 

あんまり仕事の事書いてない私でも

「あ、この人会ってみたいな♪」と思って講座受講した方から

講座の後に、まさかのお仕事ご依頼頂いたりしたという

びっくりマンボでウッバレエな事が3~4回あって

告知記事書いてないのにミラクルやわー

思ったこともあったから。

 

日記記事ブログがお仕事にもつながるんさー。

 

って、スピードライティングで思いつくままに書いてたら

まとまんなくなってきた(汗)

 

まとめ!

 

結果を期待しすぎると文章が書けなくなる。

そして、期待した通りに読者が読むとは限らない。

だから、書きたい事を書きたいように

気軽に力を抜いて書く方が、

時には人の心に響く記事が書けちゃったりする。

しかも、素の自分を表現できているから

自分と波長が合う人とつながるきっかけにもなる。

だから、とりあえず、力抜いて書いてみる方が

得るものが多いと思う。

 

以上!

 

ここまで書いて、所要時間25分♪

スピードライティングだと、すらすら書けるなりね♡

考えるな!打て!

だな。

 

 

 

 

 

 

唐突なタイトルですが。

ふと頭に浮かんだので、まんまタイトルにしました。

 

私は団塊ジュニア世代ピークの昭和49年(早生まれなので48年と同世代)生まれで。

常に同じ世代の人数が多かったのに加え

世の中の荒波ざっぱーん 

かぶってきた世代なので

 「THE 競争

が、デフォルトで生きてきました。

 

生まれた時にはオイルショックで

(親が)「トイレットペーパーはどこじゃー!」

とトイレットペーパーを根性で探し。

 

中学の部活(いちおう軟式テニス部)では

人数が多い中で、レギュラーになれるのは

一握りの運動神経抜群メンバーで、

運動音痴な自分は、球拾いとコート整備だけで終わった青春。

でも、涙出ちゃう。だって、おんなのこだモン。

って、アタックナンバーワン(だったっけか?)のセリフを地で行くような飛び出せなかった青春時代で。

 

 

受験するお年頃には、

「受験戦争・最盛期」×人数Max。

親世代は「いい学校行っていい会社に就職すれば人生安泰」を信仰する時代。

それが受験戦争に拍車をかけた結果

「欲しがりません 勝つまでは」

と、遊びたい欲を封印して努力と根性で合格を勝ち取り。

 

就職活動にさしかかったときには

とっくにバブル崩壊⇒就職氷河期を迎えてて。

これまでの努力と根性が役に立たない

初めての挫折を経験。

 

就職してからも、結婚適齢期(当時は30がギリ)を過ぎても結婚相手どころか彼氏もできない

恋愛砂漠状態で。

 

当時はまだ「婚活」という単語が無かった

(と思う)2005年頃から

「努力」と「根性」で、ネット婚活戦線に参戦。

「愛の千本ノックや!!!」という言葉で

自らを奮い立たせ。

ネットお見合いで、よっぽど嫌な感じじゃない人とは

片っ端から会いまくるという、

ガチ昭和な努力&根性で

「欲しいゴール=結婚」を勝ち取ろうと頑張ってましたねぇ。

結局その努力と根性で掴んだ出会いは

たった1か月でフラれるという、(しかもXmass直前)手痛い経験をし。

色々、努力と根性で

「欲しいものは自分で取りに行かねば手に入らぬ!」

と思い込んで突き進んでおりました。

 

婚活についての手痛い経験については

こちらに過去にしたためております。

 

 

 

時代背景的に、努力と根性が賞賛されてて

努力と根性で勝ち取らなければ生き残れない!

だから、努力すべし!

というのが、刷り込まれて育った昭和世代。

 

だけど、

努力だけでは、どうにもできない事ってあるし。

そもそも「努力」と「根性」と引き換えに

「欲しいものが手に入る」という強大な期待を抱き、それを原動力として行動しているから

努力が実らないと

なぜ、私はこんなに努力しているのに、全然努力してない人がオイシイ思いするの?

と、被害者視点になり。

 

「あの人は美人だからトクをするんだ」

とか

「あの人は、経歴がすごいから、どんどん仕事が舞い込むんだ」

とか、努力すればするほど、

被害者意識が雪だるま式に膨らんでいったのですね。

 

ある事がキッカケで、

2020年は「努力と根性」から離れることを心掛けるようになり。

(そのきっかけについては別で書こうと思います)

 

ガムシャラに努力することを意識的に抑えてたら

自堕落で、何も得るものがなく、ダメ人間になるだろうなぁ・・・・。


と思っていたら、全然そんなことはなくて。

 

努力と根性に割いていた時間がなくなった分

自分に余裕が生まれ。

今まで「これってお金にならないからムダだよなあ。好きだけど」

と思っていた、自分が夢中になれる趣味に没頭するようになり。

 

結果。

全然、ダメ人間にならないし

お金に困らないし

「もっと、仕事に役立つ知識を得なきゃ!」とつぎ込んでいたお金が節約できたし

(去年の春にExcel VBA講座に通ったけど、実務で結局使ってない(汗)←しかも興味もてなかった)

 

「努力と根性を必要としていることって、本当に自分が欲しい事だったのかな?」

 

という、実に、「早く気づけよーッ!」ってことに気づいたのです。

 

結局ね。

自分で自分に合っていないことを引き寄せようとするから

「努力と根性」が必要で。

その引き寄せようとしたことって

「自分が考えて選んだ」ことじゃなくて

「世間や親が”これが成功”って言っている事」

だったんだよねぇ。

 

その「世間的に成功」という鋳型が

自分の才能や適性に合うかというと違ってたので

そこに合わせるには、

自分をグイグイ曲げる

強い力と、長い時間がかかったのですわ。


でも、コロナ禍で、外出自粛になって気づいたのですが。

これまで「仕事が出来る人が成功者」みたいな図式だったけど

Stay Homeで、その資質が豊かさをもたらすかというと、違うんだよね。

 

美味しい料理が作れたり

日々を楽しく過ごすアイデアを生み出せたり

手先の器用さを活かして、布マスク作ったり

お花を綺麗に活けて生活に彩りを加えたり

 

そういった「女性性」を活かしている人の方が

世の中の役に立っているよなぁ。

そんなことを思ったりしたのです。

 

そもそも、「努力と根性」って

「男子は泣くな!」とか

夏の暑い日でも「昔は冷房なしで勉強したんだから耐えろ!」

みたいな、昭和時代の男性優位な価値観だと思う。

 

それって、変化の激しい令和の今には

逆に足かせになるんじゃないかしら。

そもそも、これが成功!という頂点めざして

「競争」するという概念が、もはや、古いし。

 

 

だって、「努力と根性」って、力業でどうにかしようとしているのであって。

「取捨選択」と「思考」と「工夫」が無いように思うから。

 

変化に対応するスピード感としては

物凄く劣るし、しなやかさがないと思うのです。

 

それにね。

適性があったり、好きな事って

夢中になって時間を忘れるほど没頭するから

「努力」とも思わないし「根性」は要らないんだよね。

 

しかも、「これが役に立つ」という正解というか

スタンダードな答えは、1つではなくなり

多様化している今。

何が役に立つかなんて

出してみないと分からないもの。

まさに、コロナ禍で、女性の得意な分野が

めっちゃ役に立っている事を考えると

「ビジネスでマーケティングと戦略立案が得意」

だけが世の中に役立つスキルではなくなっていると思うから。

 

自分が「これは自分が根性発揮せずにらくらく出来る」

ということを「選択」して

「それが役に立てる方法」を「思考」して

工夫を重ねるという力が、

令和のスタンダードになっていくんじゃないかしら。

 

と、思ったので、思うままに書いてみました。


 

ちなみに。

私がコロナ禍で、

「うわー、自分、めっちゃこの才能あるな」

思ったものは。

 

「自分で楽しみを作り出す」

才能 でーす♪

誰の役にも立たん(笑)

あ。オットの役には立ってる!?

 

でも。

ストレスなく外出自粛生活を

エンジョイ(←死語やな)できて

コロナに感染しないで済んでるので。

 

医療機関の方々に負担をかけないという意味では

役に立っていると自負しておりますのであります。

 

いつか、この才能が役に立つ日が来るかもしれないので

せっせと楽しんで才能を磨いていこうっと♪

(↑超楽観的w 月星座獅子座だから、ラテン魂なのさ~♪)

 

 

毎日続けるには

毎日続けても 苦にならない単位まで分解した上で
それを淡々と 続けること。
 
あと。
続けたいことであること。
続けることが、楽しみに変わること。
 
これが、大事だと
Instagramを200日連続投稿したり
スクワット 半年続けることで
気づいたこと。
 
努力と根性
じゃ、ないんだな。
 
頑張る
 
じゃなくて
 
淡々と、続ける。
 
続けた先の、見返りは求めない。
 
頑張るって
「我」を「張る」なんじゃないかしら。
 
それは。
「こんなに頑張ったのに」
と、報われないとき
余計に「頑張った見返りがかえってこない」ことに、執着して、
自分で 自分を苦しめることになる。
 
そもそもね。
「頑張ったら報われる」
と、思ってることが
自分で自分を苦しめることになるんだよね。
 
だって、頑張ったぶん、
その「対価」を期待して
結果を自分の思い通りに、しようとしてるから。
 
つまり。
自分の努力と思って、その通りな結果にならず
落胆してることは
「結果をコントロールしようとしてる」
ということ。
 
コントロールできることは
自分の視点しかないのに。
 
だから。
「がんばるところから、離れる」
という事をやってみて
 
あー!!
そういうことか!!!
 
って、少しずつ
見えてきたものが。
 
という、長いつぶやき。
 
 
こういう つぶやき。
ブログでは
ダメでしょ
 
と、自分で自分を縛ってて
今まで書けなかったけど。
 
ブログに、書いていい、悪いなんて
縛りは、ないのだ‼️
公序良俗に反しなければ。
 
というわけで。
ブログの壁
「ちゃんとしたこと かかなきゃあかん」
を、本日。ぶち破りました。
 
あー。
意味不明(笑)
 
でも。
頑張らない2020が
今年の指針だったので。
 
そうしてたら、見えてきたこと。
 
まだ、色々あるので。
そのうち 書こうかな✨
 
興味ないか(笑)