先日、ある男性からこんな話を聞きました。
「僕の奥さんは、
なんでもかんでも、僕と一緒がいいって言うんだけど、
僕は、お互いが自由に、好きな時にそれぞれできたらいいなーって。
これって、どう思います?」と。
聞けば、
その男性の奥様は、
ご飯を食べるのも一緒
買い物に行くのも一緒
なんなら、お風呂も一緒がいい
とのこと。
(どう思います?と言われても、、、ねぇ😂)
「それだけ、奥様は○○さんのことがだいすきなんですねー」
と、私は答えました。
「一つ、気になるのは、
なんでも一緒がいいという奥様の要望に応えることに、
○○さんは、我慢やストレスをためてる感じがあるんですか?」
と聞くと、
「いや、ストレスも我慢も全然感じてないんですけど、
僕としては、一人でできることは一人でしようよって思うから、
どうして彼女は、
なんでもかんでも全部一緒がいいのか、
わかんないなーって」
なるほど。
その男性は、特に我慢もストレスもなく、
奥様の要望に応えることにしあわせを感じていそうな表情だったので、
それならよかった☺️
と、その話は終わったのです。
今日は
その後に、私が感じていた
「事実と解釈を分けて捉える重要性」
についてのおはなし。
・
パートナーシップにおいて、
「ご飯は、いつも一緒に食べたい」という
相手に対するピンポイントな要望があって、
それを、パートナーさんが叶えてあげられなかった時、
「私は愛されていない」
「私は大切にされていない」
と誤った解釈をして相手を責める、拗ねる、
みたいなことって
至るところで、日常的に起きているのではないか?と
感じたりします。
(かく言う私も、過去に体験済み😂)
パートナーに対するピンポイントな要望は、
・LINEを送ったらすぐに既読をつけて返信してほしい
かもしれないし、
・私が怒っている時は、相手にも一緒に怒ってほしい
かもしれないし、
・相手からデートに誘ってほしい
かもしれない。
人間だもの、
「相手が○○してくれたら、うれしいな」って要望を
こころの中に抱き、
さらに勇気を出せるなら、
相手に伝えてお願いしてみるところまでは、
こちらの自由だと思う。
けれど、
「○○する」かどうかは、
お相手の意志の範疇で
こちらには侵入できない領域。
そこで、
お相手が「○○しない」という選択をした時に
人間だもの、
「相手が○○してくれなかったのは、悲しい」って
感じるのも、自由。
けれど、その事実に
「私は愛されていない」
「私は大切にされていない」
って、誤った解釈を乗っける必要はないんだよ。
・
パートナーが、
○○してくれたら、あなたはうれしいと感じる
○○してくれなかったら、あなたは悲しいと感じる
一方で、
あなたが、
○○してくれたら、パートナーはうれしいと感じるのか、
○○してくれなかったら、パートナーは悲しいと感じるのか、
照らし合わせ、確認してみたら、
すべてが同じ、なんてことはないはずなんだ。
親子関係においても、そうなんじゃないかな。
それぞれちがう「やり方」で、
きっと、毎日、本当はもっと、
大切にされているし、
愛されてる。
私たちが、意図して受け取るべきは、
そこなんじゃなかろうか。
・
一緒にご飯を食べたい奥様の話を聞いて、
そんなことを感じていました☺️
・事実と解釈を分けるシリーズ✏️
・自分の領域と相手の領域のおはなし✏️
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