なんだかスッキリしたかと思いきや
 
 
色んな事が浮き彫りになり
 
揺さぶられています。
 
 
 
誰も興味がないであろう
 
我が家の現状を
赤裸々に書きますと
 
 
まず、引越しにあたり
 
旦那が自分の会社の側に拘ります。
 
 
その言い分が
 
 
会社で働くオレの身にもなれ
 
お前は家に居るだけ
 
外で大変な思いしてるのはオレ
 
お前の利己的な言い分は必要ない。
 
 
 
ムキームキーッ❗️
 
 
まぁー、何処に住んでも
 
なんとかなるんですけれどね。
 
 
 
ふと、想像してみます。
 
 
旦那の会社の側で
 
毎日定時に仕事が終わって
 
私が勤めに出たり
 
なんだり家に帰るのが遅いと
 
文句言い出すのは向こうで
 
 
 
鼻から家に居るつもりは無い
 
私には先が思いやられます。
 
 
 
 
家を建てるなら
 
人が集まれる家をと望む私にも
 
 
大きな間取りは必要ない。
 
子供達も帰ってこない
 
最低限の間取りで十分。
 
 
 
と、将来の方向性が違います。
 
 
そんな話をしながら
 
 
 
やはり
 
 
私が思い描く理想卿と
 
 
旦那が望む姿が
 
 
余りにも平行線で交わらないなら
 
 
 
自分の夢は
 
じぶんで叶えてあげたいと
 
 
フツフツと
 
込み上げてくるものがあって
 
 
果たして私自身にそんな余力が
 
あるのか?ですが
 
 
 
もっと年老いて死ぬ間際に
 
あんな風に生きたかったと
 
後悔したくありません。
 
 
 
籠の中の鳥の様に飼いならされ
 
虚ろに空を眺めながら
 
愛情を注がれるのを待っていても
 
 
 
自分が望むしあわせは
 
やって来ない。
 
 
私は籠の中の小さな望みよりも
 
 
もっと大きなものに触れ
 
 
もっと激しく生きて行きたい。
 
 
 
そんな事に突き動かされ
 
揺さぶられています。
 
 
 
どう生きるのが正しいのか
 
 
目に見えない誰かしらの顔色を伺い
 
物事の判断をするのではなく
 
 
 
どう生きたいかを
 
ただ忠実に実現してゆく生き方を
 
選んでみようかな、と
 
 
 
密かに目論んでいます。
 
 
 
そこで重なれれば良いけれど
 
今の生活を維持するために
 
自分を押し殺して生きても
 
 
 
押し殺して本音を呑んで生きても
 
 
私の魂は歓ばないと思うから
 
 
 
この枠組み有りきの考えを
 
取っ払ってもよいかな、とさえ
 
 
思っています。
 
 
 
なんだか、ただ無性に
 
 
がむしゃらに生きたい
 
 
のですょ。
 
 
 
とにかく
 
 
新しく住む場所が決まったら
 
 
 
バリバリ働きたいっすアップ