当時、陸上自衛隊勤務の父は
山梨へ単身赴任していました。
夏休みに入った私達家族は
父の単身赴任先を避暑地がわりに
訪れていたのです。
父もお盆休みを取り家族で
河口湖や富士山などへ出かけたりしました。
その日も何処かへ遊びに行き
夕飯をどこかに食べに行く前に一休みしようと、
父の家に戻りTVをつけました。
その時TV画面にニュース速報で流れたのが
「富士山付近で日航機の消息が不明になった」と。。。
この速報を見た父はひとこと
「行くようになるかな・・・」
そして数分後、電話がけたたましく鳴りました。
父の所属する部隊からです。
「こういう状態だから何かあったら出てこれるよう
待機していて下さい」と連絡があったのです。
この後墜落現場が長野県側だった為
父の所属する部隊ではなく長野の部隊が救出に
向かうことになり、父は出動しませんでした。
ですが、あの事故のニュースを毎日
父の赴任先で見る日が続いたのです。
あの日、父の家に入る寸前に見た空は綺麗でした。

(c) ナッティー |写真素材 PIXTA
でもその空をさまよいながら飛んでいる飛行機があった。
そして空の上で恐怖と戦う520名の方がいた事。
ご家族を亡くされたお遺族の方や
怪我をされた方、
この事故で辛い目に合った方、
そんな方達からしたら、
私なんかが軽々しく言える立場ではないのですが
この8月12日を迎えるとあの時の電話の音が
生々しく甦ります。
520人の方のご冥福を心からお祈り致します。
