荒ぶる龍をたしなめ

思いのままに操る観音様

 

 

暴れる自我をコントロールして

生命エネルギーに方向性を与える

 

自我の欲を昇華させ

 

真我のままに生きていく

 

本来 人はみなそうありなさいと

古の叡智が教えてくれる

 

 

龍使いとは、じゃじゃ馬慣らしのようなもの

 

 

文字の読めない民が多かったむかし

 

絵や仏像は 形を通して

本質を伝える者であった

 

 

 

文字情報の多すぎる現代もまた

 

一瞬で真実を

一瞬で魂に

 

光線のように届けられたら

 

それがアートの本質なのかもしれない

 

 

 

そんなアートを生み出していきたい

 

神宿る聖地にいくといつもそう祈っている

 

 

私の願いは届いているか

私の願いは実現しているか

私の真我が私の手を通してかかせているか

私の自我が邪魔をしていないか

 

 

 

これで満足ということは ない

 

満足できなくても

納得できるまでやる

 

それが生きていくということ

 

 

今日も素敵な一日を。