翌朝、宿坊に真魚の姿はなかった。
その代わりと言っては何だが、
前鬼と後鬼が見張りに付いた。
明慧が境内を掃除している。
木の上から二人がそれを見ていた。

「ここなら、放っておいても大丈夫だと思うのだが…」
前鬼は桃尾山の霊気を浴びながら、そう感じていた。
「一度、絡んだ結び目を解くのじゃ…」
「しかも、意図的に絡めた結び目をじゃ…」
「何が起こるか分からぬぞ…」
後鬼はそう見ていた。
誤った呪の綻びは、格好の狙い目と言える。
強い光は、濃い影を産む。
力が大きくなればなるほど、危険だと言える。
真魚がこの役目を言いつけたのには、訳がある。
後鬼はその意味を把握していた。
真魚と嵐は一度山を下り、布留のお宮に向かっていた。
側を流れる布留川が道を示している。
その先に、布留のお宮がある。
桃尾山を背にして、真魚達は歩き続けた。
「お主が行く必要があるのか?」
嵐が真魚に聞く。
「ちょっと見ておきたいものがある…」
真魚がその理由を嵐に言う。
「あの女か…」
「いや、そうではないな…」
嵐が言い直した。
「ま、そんなところだ…」
真魚が笑みを見せた。
「ところで、薺とか言うあの女…」
「何をやらかしたのじゃ…」
後鬼にからかわれ、気になっていた。
「布留のお宮の呪とか…言っておったが…」
嵐が気になっているのは、その呪のことではない。
呪がもたらす影響の事だ。
「それを…今から確認しに行く…」
真魚がそう答えた。
暫く歩くと橋が見えた。
布留の高橋。
ここを渡れば場の境界を超える。
目の前に奥深い森がある。
「この奥だな…」
嵐がその仕掛けに気付いている。
「この程度なら心配あるまい…」
嵐がそう言って歩き始めた。
「お主、何かしたであろう…」
嵐が立ち止まり振り返った。
「用心に越したことはない…」
「姫の結界で、たじろいだではないか…」
真魚が笑っている。
以前、丹生津姫が仕掛けた結界には入らなかった。
その事を真魚は言っているのだ。
「あれほどの結界は、他にはないがな…」
真魚が思い出して笑っていた。
だが、真魚はその結界に、躊躇うことなく入ったのだ。
緩やかな坂を登って行くと、社が見えた。
その前に、一人の女が立っていた。
「そう言うことか…」
嵐が、真魚の行為の意味を汲み取った。
「お待ちしておりました…」
その女、薺がそう言った。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-