未羽が気がつくと、目の前に大地があった。
「ここは…どこ?」
倭では無いことは分かっている。
豊かな自然と溢れる生命の耀き。
それが全てを伝えていた。

「蝦夷だ…」
真魚が言った。
「これが…蝦夷…」
未羽は、信じられなかった。
人々が生き生きとしている。
「倭の支配は、ここまで及ばぬ…」
真魚が言った。
「それだけで…こんなに違うの…」
未羽は目の前の事実に、心が痛んだ。
蝦夷についての知識。
それが、大きな間違いであった事に気付いていた。
「倭は支配するために…」
直人もその事実に気付いた。
「多くの人が死んだ…私の父も…」
未羽は、拳を握りしめていた。
「だが、ここで…生きるという手も、あるのだぞ…」
嵐が二人に言った。
「ここで…」
溢れる生命の耀きを、未羽は見ていた。
「翔の奴も驚いていたぞ…」
真魚が未羽に言った。
「あ、兄がこれを見たの!」
未羽が思わず声を上げた。
「心配するな、奴は頭がいい…」
「見た瞬間に全てを見抜いた…」
嵐が未羽に言った。
「違うの、兄はきっと倭を…」
未羽の畏れは、まだ起きてはいない。
人は、起きてはいないものに畏れ、不安を抱く。
「未羽…お主らは何の為に生まれてきたのだ…」
嵐が二人に問うた。
恐らく、それは青嵐の言葉である。
未羽が振り返り、直人を見た。
「それは…」
未羽は、言いたいことを言えなかった。
「生命は耀かねばならぬ…」
真魚が言った。
「耀く術を…求めているの?」
未羽が、真魚の言葉をそう受け取った。
「耀く術…そうなんだ…」
「俺にとって…未羽は…」
「俺は未羽が、好きなんだ…」
思いがけない直人の言葉。
その言葉が、未羽の心を駆け抜けた。
直人が、未羽の肩に手を乗せた。
未羽がその手を握りしめた。
その温もりが切なかった。
手を離すと消えしまう…
儚い温もりが、愛おしかった。
「私も…大好き…」
未羽の瞳から光が溢れた。
絶対に結ばれることはない、と思っていた。
してはいけないことだと教えられた。
だからその想いを、心の奥に仕舞い込んだ。
「耀いていないのか?お主らは…」
嵐が笑っている。
未羽が、首を横に振った。
「今、耀き始めたところよ…」
未羽は、蝦夷の大地を見て言った。
秋になり、貴族が管理する野で鷹狩りが行われた。
清野が全てを仕切り、事は盛大に行われた。
「この鷹は、呉羽と名付けました」
直人は、田村麻呂にその鷹を託した。
「呉羽か…これは、見事な鷹じゃ…」
田村麻呂は、呉羽を一目で気に入った。
「俺の為に、育ててくれたのだな…」
田村麻呂は、その仕上げに満足なようであった。
「俺の為…」
直人が、田村麻呂の言葉に笑みを浮かべた。
「田村麻呂様…一つお願いが…」
直人は、田村麻呂になにやら耳打ちをした。
「ほう…あの獣の息が…」
田村麻呂はそう言って、笑みを浮かべた。
「お主も不運だったのう…」
「あの男に会ったのか…」
田村麻呂は笑っていた。
「はい…」
「面白い男よのう…」
「あの男は、人の運命をも変える…」
「俺が出会った中では、奴ほどの男はおるまい…」
「はい…」
直人にはその意味が良くわかる。
「あっ!」
風が吹いた。
吹き抜ける風。
光が、二人の側を抜けて行った。
田村麻呂は笑みを浮かべていた。
「あの男も…ぼちぼち忙しくなるぞ…」
田村麻呂は、全て知っているかのように、そう言った。
「そうですね…」
何かが動き出す。
直人はそう感じていた。
それまでに…
直人の心は既に、決まっていた。
神々しい波動に、それを願った。
無欲の翼 - 完 -

-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-