真魚は、一晩目を覚まさなかった。
美紗が朝方目を覚ますと、真魚の姿が消えていた。
美紗が気になって家の外に出た。
朝焼けの中で真魚の姿を見つけた。
棒を肩に担ぎ、岩戸の前に立っていた。
「その棒、誰も持ち上げられなかったのよ…」
美紗が後ろから、真魚に声をかけた。

「こつがある…」
「それさえ分かれば、美紗でも持てるかもしれぬぞ…」
真魚が笑って振り向いた。
「気になって来てみたが、封はされてあるな…」
「昨日、母と後鬼さんで、注連縄を新しくしていました…」
真魚が眠っている間の事を、美紗が説明した。
真魚は左手を広げ、その気配を伺っている。
「しばらくは大丈夫であろう…」
岩戸の様子を確認したようだ。
「しばらく…?」
美紗はその言葉に引っ掛かった。
「奴らはどこからでも現れる…」
「きっかけさえあればな…」
「きっかけ…?」
その言葉に、美紗は思い当たる事があった。
「低き力は、低きに溜まる…」
「その力が大きくなれば、器から溢れる…」
「最後の一滴というのがあるだろう…」
真魚は美紗に問いかけた。
「最後の…一滴…?」
美紗には何の事かは、分からなかった。
「器に少しずつ水を注ぐと、一杯になってもなかなか溢れない…」
「だが、最後の一滴で、勢いよく溢れ出す…」
「私が抱いた憎しみが…それだった…」
美紗は思い出した。
「お主達には、受け継がれた力が眠っている…」
「達…って、私と綾太に…」
その言葉で…
美紗の中に、動き始めるものがあった。
「綾太は、その力で遊んでいるだろう…」
真魚の前に落ちた山鳩。
都合よく落ちることなど、自然界では有り得ない。
美紗は、真魚の指摘を否定できなかった。
「綾太は空間を曲げている…」
「美紗には闇を呼び込む程の霊力がある…」
真魚はその事実を美紗に告げた。
「私と…綾太…」
美紗がここにいる理由。
それは明確であった。
「岩戸は低き生命の出口だ…」
「開けたままにはしておけぬ…」
真魚が美紗を見て言った。
「出来るの?私達に…」
美紗には自信が無かった。
「方法は俺が考える…」
「出来るか、出来ないかは、やってみなければ分からぬぞ…」
真魚は、美紗の心を導いていく。
「その前に諦めるのか…?」
真魚が美紗に投げかけた言葉。
母を気遣う美紗の心を、真魚は言っているのだ。
しばらく美紗は考え込んだ。
「教えて…私…やってみる…」
美紗が真魚に言った。
真魚はその決意を受け取った。
「俺の出番か…」
足下で声がした。
「嵐…」
子犬の姿をした神が、そこにいた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-