清野が書物に目を通していると、付き人が現れた。
「清野様、村人から妙な男がいると…」
「妙な男だと…」
清野は一抹の不安を覚えた。

自らの行いを、直ぐに確認していた。
それは、心の何処かに畏れがあると言うことだ。
何かやましいことがある、という証でもあった。
だが、朝廷から咎められるようなことはしていない。
清野はもう一度、それを確かめた。
「一体…どういう男だ…」
清野の不安は、膨らんで行く。
「なにやら…貴族の様で、貴族でない…とか…」
「貴族の様で…貴族でない…それはどういうことだ!」
清野はその表現を嫌い、付き人を問い詰めた。
「貴族の様ななりをしておりますが、どこか薄汚いのでございます…」
「見たのか…」
清野は、その言い方が気になった。
「実は…少し前に、門の辺りでうろうろしている者達がおりまして…」
「それは、誰だ…」
「それが…」
付き人が、言いにくそうにしている。
それには訳がある。
清野が美紗を気に入っている…
その事を、知っていたからだ。
「いいから言え!」
清野が声を荒げた。
「み、美紗でございます、美紗がその男と一緒に…」
「美紗が…どうしてだ…」
清野が立ち上がった。
そのような男を美紗が知っている。
その事実が、清野を立ち上がらせた。
「岩戸の方に…一緒に…」
「美紗の家の方か…」
付き人の話の内容に清野は苛立っていた。
自分には振り向きもしないくせに…
薄汚れた男には寄り添うのか…
「出かけるぞ…」
「はい?」
「出かけると言っておるのだ!」
「か、かしこまりました!」
清野の荒げた声に、付き人は逃げるように走った。
「そのような者が…美紗と…」
清野の不安は憎しみに変わり、矛先が真魚に向かっていた。
美紗の家に、ようやく父が帰ってきた。
嵐は父では無く、山菜の帰りを待っていた。
「この方達は…」
父は驚きのあまり、動くことが出来なかった。
「父ちゃん、母ちゃんが元気になったよ!」
綾太がうれしそうに父に話した。
「紗羅…」
その元気そうな姿を見て、父はまた驚いた。
「どうすれば、こうなる…」
顔色が全然違う。
「それに…」
後鬼の額の角。
気になるのは仕方がない。
「後鬼さんの薬のおかげよ…」
紗羅が父に向かって微笑んだ。
有り得ない状況であるが、受け入れるしかない。
皆は、なぜか笑顔であった。
「俺は…頭がおかしくなりそうだ…」
答えがあったとしても…
理解はできないであろう。
父が持って帰った籠の中は、山の幸で一杯であった。
うど、蕗、椎茸、木耳…
「これは、見事な山の幸じゃのう…」
嵐がうれしそうに見ていた。
「今、この犬喋らなかったか…?」
父が皆の顔を確認した。
全員がにっこりと笑っている。
更なる笑顔の押し売りに、父の思考が停止した。
「犬ではないぞ、俺は神だ!」
示し合わせた様に、皆が笑った。
「か、神…様…」
父が泣きそうになっている。
常識が完全崩壊している。
「そうなの…神様なの…」
美紗が目に涙を浮かべて、笑っている。
「あーもうどうでもいい、飯だ、飯にしょう!」
「俺は、腹が減った!」
思考の壊滅した父が、食欲に救いを求めた。
「お主、なかなか話の分かる男だな…」
嵐が父に向かって話しかけた。
真魚が自らを名乗ったのは、それからしばらく後であった。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-