浜で上げられた魚は、直ぐに加工場に運ばれていった。
そこで、頭を落とされ干物にされる。
保存する技術は、古から受け継がれている。
「兄ちゃん、手伝わないつもりか…」
那海も加工場に、魚を運ぶ手伝いをしていた。
「那海、聡真はどうした?」
聡真の父、万次が娘の那海に声をかけた。
「用があるって、弦の所に行ってる…」
「九がいないと思ったら、あいつもか…」
「ふたり揃って怠け癖か…ま、片方は入鹿魚だけどな…」
万次はそう言って笑った。
だが、那海は気になっていた。

魚の入った木箱を持ったまま、弦の小屋の方を見ていた。
「何か、気になるのか、那海?」
万次がその様子に言葉をかけた。
「ちょっとだけ…」
あの黒い影。
見たことはないのに、恐ろしいと感じた。
その理由が知りたい。
光と闇。
見た者は導かれる。
どちらであろうが関係ない。
那海の中で、何かが動き始めていた。
「やっぱり、私も行ってくる!」
「お、おい!」
木の箱を万次に預け、那海は走って行った。
「やれやれ、似たもの同士か…」
父は、娘の背中を、温かく見つめていた。
聡真は、あることを気にしていた。
「千潮が、いない様だけど…」
弦は千潮を助けようとした。
助けられた筈の、千潮がいない。
「少し遅くなるって、伝言を頼んだんだ…おじさんに…」
「この人達に、魚を焼いてあげたかったんだ…」
「それでか…」
かすかに漂う魚の焼ける臭い。
「お前は食えぬのに、おかしいなと思ったんだ…」
聡真の謎は解けた。
「あれは、うまかったぞ!」
聡真が獲った魚だ。
嵐はその味に満足していた。
「弦の作る塩は美味いからな…」
「生きのいい魚に、振って焼けば上手いに決まっている」
聡真の言葉に、嵐が頷いている。
「でも、神が魚を食べているのに…」
「草や木は食えて、どうして動物だけだめなんだろう…」
弦に一つの疑問が浮かんだ。
「考えてみると、おかしな話だな…」
聡真も同じ疑問を抱いていた。
「おじさんは、何と言っているのだ…」
真魚が、弦に状況の確認を入れた。
「決まりだから…そう言っている」
弦が答えた。
「誰が決めたのであろうな…神がそんな事を言うまい…」
嵐が自らを肯定している。
「食べることは、生きる事だ…」
「神は、それを否定しない…」
真魚がそう付け加えた。
「人は何かを食べないと、死んでしまうのにな…」
聡真が考えている。
「人は、その理からは逃がれられぬ…」
「だからこそ、奪った生命と共に、生きねばならぬのだ…」
真魚の言葉を噛みしめるように、二人が頷いた。
「他の神様って何か食べているの?」
弦が、おかしな事を言い始めた。
「他の神とはどういうことだ!」
嵐が弦の言葉を窘めた。
「神は生命だ、全てだと言っていい…」
「だから、その必要は無い」
真魚が弦の疑問にそう答えた。
「嵐はどうなるの?食べているけど…」
弦は目の前にいる神の事を不思議に感じていた。
「嵐の正体を見たであろう…これは借りの姿だ…」
「まあ、やどかりみたいなものだ…」
真魚の言葉の後を嵐が追った。
嵐が、やどかりを知っていたのには、真魚も驚いていた。
「やどかり????」
弦と聡真はその姿を嵐と重ねた。
「俺は、この姿を借りているだけだ…」
「子犬の姿を…」
二人には全く理解出来ない。
「本来の姿を、この器の中に閉じ込めている…」
「そのためには、沢山の生命のかけらが必要になる…」
真魚はそういう言い方をした。
形の無い生命を、理解しにくいと判断したからだ。
生命のかけら。
それは、生命そのものの事である。
「だったら、人も同じって言う事?」
聡真がその事に気付いた。
「身体という器の中に魂がある…」
「そう思っていい…」
真魚は二人にわかる様にそう表現した。
「身体と魂は別のものなんだ…」
聡真は初めて人について考えていた。
「魂は自由だ、この世にもあの世にも行ける…」
「そう言うことか!!」
弦が、真魚の言葉で何かに気付いた。
「だから、闇を怖いと感じたんだ、知っていたんだ!」
「魂が、全てを覚えているんだ!」
弦は、心が拓いていくのを感じていた。
今まで、教えられてきたことは狭い。
真魚の言葉が、染みこんでくる。
受け入れている。
喉が水で潤うように、真魚の言葉が染みこんでいく。
弦の魂。
その中にある尊い宝。
形は無い。
形あるものは、いずれ消える。
だが、これは永遠に消えない。
そう感じた。
感動の波動。
弦の魂に、生命が何かを刻んでいく。
「それこそが、生きる意味だ」
真魚がそう言った。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-