塊は坂を登る。
憎悪を纏い走っている。
だが、その体力も既に、限界に来ていた。
自らは走っているつもりだ。
だが、身体は前に進んでいない。
後ろで口を広げる黒い穴。
塊の生命が吸い寄せられている。
塊はその事にまだ気づいていない。
ただ、理由の分からない苦しみに、憎しみを重ねる。

この世は二極。
強い光は濃い影を生む。
塊は、してはいけない過ちを犯した。
「あの男さえ来なければ…」
その憎しみの矛先を、あの男に向けたことだ。
佐伯真魚。
強い光は、強い影を生む。
塊の憎悪など、ただのきっかけに過ぎない。
「そろそろか…」
真魚がそう言った。
「陽炎、すまぬが奴は後回しだ!」
そう言った時には嵐の姿は無かった。
のどかな風景にそぐわない黒い穴。
その中から黒いものが吹き出した。
形の無い黒いもの。
それは見る者の恐怖そのものとなる。
見る者の恐怖が、自らの心ににその姿を見せる。
「何だ、あれは…」
陽炎が口を押さえている。
そのものを見た陽炎が、吐き気に耐えている。
距離は関係ない。
その黒き重い波動が陽炎を苦しめる。
「俺たちは闇と呼んでいる…」
真魚が右手に持った棒を前にして、左手で手刀印を組んだ。
真魚の七つの輪と同時に、棒が輝いた。
「玄武!」
棒の光が溢れ、光の盾が現れた。
光り輝く亀の甲羅。
それが皆を包み込んでいた。
「これは!」
陽炎の吐き気が止まった。
「この中から絶対に出るな…」
真魚はそう言い残して闇に向かった。
「何だ、これは!」
塊が振り返った。
背中に走る悪寒。
それに耐えられなくなった。
そこに黒い化け物がいた。
そのものに形は無い。
塊にはそう見えただけだ。
「ひえぇっっ~!」
塊が情けない声を上げて、腰を抜かした。
もう逃げる力も無い。
黒い触手が塊を捉えた。
「あわっっわっ!」
それを必死にふり払うが離れない。
その触手は身体を掴んでいるのでは無い。
塊の魂を捕まえ、食らう。
物質である身体はすり抜ける。
生命が食われていく。
身体はもう動かなかった。
その時…
光が塊の目の前を奔った。
急に身体が楽になった。
「逃げろ…死ぬぞ…」
金と銀に輝く巨大な山犬。
それが、塊に言った。
「ひえっっっ~」
地面を這いながら塊は必死に逃げた。
這い這いの子供より遅い。
力はもう残っていない。
着物の膝は破れ、血がにじんでいる。
手の平も血まみれだ。
それでも、塊は必死になって逃げた。
必死になって生にしがみついた。
生きたいと願った。
這いつくばる塊の目の前に、人の足が見えた。
男が立っていた。
「お、お前は…」
憎悪の矛先を向けた男。
「お主でも、生きたいと思うのか…」
塊には目もくれない。
「だが、それでいい…」
「まだ、やり残したことがあるはずだ…」
真魚は闇から目を離さずにそう言った。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-