声がした。
男の声であった。
声だけでは無い。
そこに纏わり付くもの。

「嵐の顔が目に浮かぶ…」
真魚が笑っていた。
塊の使いであることは直ぐに分かった。
「陽炎様、塊様が…」
小屋の外から声がした。
男が戸の間から顔を覗かせた。
だが、一歩も部屋に入ろうとはしない。
入れないのだ。
「兄上がどうしたのだ!」
陽炎の声が響く。
「お屋敷に伺えとおっしゃっています」
「なるほど…」
「皆で来いと言うわけだな…」
陽炎は使いの意味をそう受け取った。
「わかった…と伝えてほしい」
「はい」
使いの者は逃げるように去っていった。
「覗かれたな…」
真魚が言った。
見られた事で場が変わった。
紙の表裏が入れ替わる様に、世界が元に戻った。
だが、真魚と陽炎以外は呆然として、座ったままであった。
その余韻から抜け出せない。
その体験が全てを変えた。
そんな感じであった。
「兄上の事だ、何かを企んでいるかもしれぬ…」
陽炎は何かを感じていた。
「さて…どうするか…」
陽炎は廻りを見て笑みを浮かべた。
余韻の中に漂う、妙な雰囲気。
通い合った心。
見られてはいけないものを見られた。
そんな…気恥ずかしさが漂っていた。
「雫…今まで黙っていてすまなかった…」
辰が雫にそう言った。
「ううん、私も目が覚めた」
雫が笑った。
「今までのことが嘘みたい!」
雫が辰と露に笑顔を見せた。
「すっきりした…何もかも…」
雫は陽炎を見た。
「あなた方が、この子を助けてくれたのだな…」
陽炎が辰と露に向き合った。
「命は誰のものでもない…」
陽炎のその言葉に露が驚いた。
それは露が感じたことと同じだ。
「だが、ここまで育ったのは、あなたたちのおかげだ…」
「ありがとう…」
陽炎が二人に礼を言った。
「雫が生きたいように生きれば、それでいい…」
「私はそう思います」
露はそう心に決めていた。
「そうか…そうだな…」
陽炎が露の心を受け入れた。
「そう言うことだ、木葉…」
陽炎は木葉を見た。
「どこまでも…私について来てくれるか?」
陽炎が木葉を見た。
木葉の瞳から涙がこぼれた。
一番、聞きたかった言葉。
その言葉が、陽炎の唇から生まれ、木葉に届いた。
木葉は手で顔を覆って泣いた。
「はい!はい!」
二度、返事をしたが、声にならなかた。
「雫はどうするのだ…」
真魚が雫に聞いた。
「私は…どちらも選べない…」
「両方でも…いい?」
雫が舌を出した。
「雫…」
露が涙を浮かべた。
子供の頃の無邪気さが、雫に戻っている。
「お母さんが二人もいるなんて、贅沢でしょ?」
「きっと、素敵な事よ!」
「お父さんは今のところ、一人だけどね」
辰に向かって笑った。
「生まれ変わった様な気がするな…」
雫も、自分も…
辰はそう感じていた。
「雫はその力の事で迷うかも知れぬ…」
「だが、陽炎がいる…」
真魚の言葉に辰と露が頷いた。
「お主の様な男がいるとは…」
陽炎は真魚に向かって言った。
「私は、見誤ったようだ」
「力など…真実には遠く及ばぬ…」
真実に触れ、自らの呪縛を解いた陽炎。
真魚はその力を感じている。
「畏れは人を縛る…」
「今はよく分かる…」
陽炎が笑みを浮かべた。
「それに…」
陽炎は自らに満ちているものを感じていた。
その感動に叫びたい気分であった。
「それだけか?」
真魚が何かに感づいている。
「それだけ?どういう…」
「あっ!」
陽炎は気がついた。
「陽炎様…!」
木葉が驚いていた。
陽炎は 自らの足を触った。
「いいものを頂いたな…」
真魚が笑っている。
杖なしで立っている。
「ありがたい…」
陽炎は全てに感謝をしていた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-