兄の塊が木葉を連れて来たのはその頃であった。
兄は嫁を貰い、一緒に暮らしていた。
だが、子供が出来なかった。
木葉を養女にしたのであった。
その木葉の笑顔に陽炎は心を開いた。
幼き木葉に陽向の面影を重ねた。

木葉に癒されていく自分を、陽炎は感じていた。
そして、それがうれしかった。
木葉を我が子のようにかわいがった。
消えた陽向が帰って来た。
そう…思ったことさえあった。
だが、木葉が大きくなった時、兄の塊が態度を変えた。
そして、ある事を言った。
「木葉は儂らの養女だ…」
「会いたければ、言うことを聞け…」
それで、兄の本当の心を知った。
大きくなってからの木葉は下女の様に働かされた。
塊は自らのことを「塊様」と呼ばせ、
陽炎のことを「陽炎様」と呼ばせた。
様という一言。
陽炎は、自らの悲しみに縛られた。
その一言で木葉が離れていくような気がした。
塊によって開けられた、心の距離。
木葉を救うために、陽炎は塊の条件を呑んだ。
だが、それは自らの心の不安がそうさせたのだ。
『木葉まで失いたくない…』
それだけが、陽炎の願いであった。
塊の家で仕事をする以外は、木葉も陽炎といることを許された。
木葉もそれを望んでいた。
大好きな陽炎と一緒にいることができる。
それだけが木葉の生きている時間であった。
木葉のために、陽炎は一人で暮らすようになった。
そして、陽炎が人を観る事を始めた。
その噂は瞬く間に広がった。
いつしか村人は『陽炎様』と呼ぶようになった。
陽炎が人を観た報酬は塊が奪っていった。
だが、陽炎はそれでもよかった。
木葉さえ側にいれば何も必要なかったのだ。
悲しみの心が陽炎を縛り続けていた。
兄の塊はそれを利用して、陽炎を操ったのであった。
「こんな事って…」
陽炎の涙は止まらない。
幼き雫の記憶。
陽炎はそれに触れた。
力を持つ故の苦しみ。
人の心を知り、真実との間で戸惑う。
表の顔と、裏の顔。
人が誰でも抱く二面性に心を塞いでいく。
そして、あるときに知った事実。
雫が辰と露の本当の子供ではなかった。
それを知ったときの悲しみ。
雫は笑わなくなった。
笑えなくなった。
そして…それが見えた。
山の中。
去って行く山犬。
覚えのある着物の模様。
小さな赤ん坊。
陽向…
雫の母、露の笑顔。
それを見たとき真実を知った。
露と辰が陽向を救ったのだった。
陽炎は泣き崩れた。
「陽炎様!大丈夫ですか!」
木葉が心配して陽炎の肩を抱いた。
「木葉、いいのだ、これでいいのだ…」
陽炎は手で顔を覆って泣いた。
木葉は、その涙の意味を理解出来なかった。
陽炎の悲しみに寄り添えない。
そのことに寂しさを感じていた。
辰と露がぽかんと口を開けている。
何が起こったか分からない。
「陽炎は真実を知った…」
真魚がそうつぶやいた。
「真実…」
その言葉に二人の心が揺れた。
雫が本当の子供ではない。
隠し続けた真実。
雫に知られる訳にはいかない。
「雫はもう知っている…」
「それが、心を閉ざした訳だ…」
真魚が二人にそう告げた。
「そうか…そうだったのか…」
辰はその事実を受け入れた。
子供の頃の雫。
友達と言い争っていた。
聞こえる雫の声。
『嘘をついた…あの子が嘘をついた…』
「雫は人の心がわかる…」
「真実と嘘の間で戸惑い、心を閉ざしたのだ…」
「だが、それは雫が真っ直ぐな証だ」
「雫はどこも悪くない、真っ直ぐなだけだ…」
真魚がそう言った。
辰の瞳から涙がこぼれ落ちた。
「雫…」
露も泣いていた。
陽炎が椅子から崩れ落ちた。
床の上の雫の前に座り込んだ。
「よくぞ、ここまで…」
そう言って雫の手をにぎった。
「似ている…」
かつて愛した男…その面影…
陽炎の手が雫の頬に触れた。
雫は拒まなかった。
そして気づいた。
陽炎が本当の母であることを…
雫の瞳から涙が流れていた。
「会って見たかった…」
雫は言った。
その言葉で…
陽炎は雫を抱きしめた。
「こんなに立派に…」
雫の温もりが陽炎に伝わる。
「うん…」
今、二人の心は繋がっていた。
伝わる波動、その想い。
沢山、話したいことがあった。
涙が言葉を遮っていた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-