峠を下っていくと、その村が見えた。
谷の間に川を真ん中にして、家と田畑が並んでいる。
川の中で光が閃いている。
魚が太陽と遊んでいる。
それはこの川が豊かな証である。
しばらく歩くと農作業をしている夫婦が見えた。
子供が一緒に手伝っている。
十歳ぐらいの男の子だ。

雫の父が二人に声をかけた。
「この辺りに、人を観てくださる方がいると聞いて来たのですが…」
そこまで言いかけた時にその農夫が振り返った。
「あんたらも陽炎様に会いに来たのかね…」
その言葉でその者が、特別な存在であることがわかる。
「その陽炎様には、どこに行けばお会い出来るのでしょうか…」
父はその者の居場所を尋ねた。
「あの人は滅多なことでは人にはあわぬよ…」
農夫の女が言った。
「智…」
農夫の女が子供の名を呼んだ。
その子に顔で合図を送った。
「俺がいくの?」
男の子がそう言う顔をすると、とぼとぼと近寄って来た。
「俺についてきなよ…」
仕方なく…
その言葉の中に男の子の意思が見える。
智という男の子に連れられ、村の中心に向かった。
そこに吊り橋が架けられていた。
川幅が一番狭くなるその場所にそれがあった。
その橋を渡り、川向こうへ行く。
そして、谷をまた登る。
その一番上の場所。
「あそこが陽炎様の家だ!」
男の子が指さす村の一番上。
そこに一軒家があった。
それが、陽炎と呼ばれている者の居場所であるようだ。
「どうして、あのような所に住んでいるのだ」
真魚はその答えを知っている。
だが、皆に知らせるために態と聞いた。
「人嫌いなんだよ、陽炎様は…」
男の子はそう答えた。
「俺、もういいかな…」
男の子が帰りたがっている。
「もう一つ聞きたい事がある…」
真魚はそう言って、話を続けた。
「あそこは誰の家だ…」
真魚が指さす先。
陽炎の家の左下。
そこに大きな家があった。
「あっ、大事なことを忘れていた」
「あのお屋敷の塊様に言わないと、陽炎様には会えないんだ」
男の子はそれだけ言って帰ろうとした。
「おい!坊主!」
真魚が懐から何かを出し、男の子に投げた。
「何これ?」
難なく受け取った男の子が、不思議そうに見ている。
「食べてみろ…」
小指の先ほどの黒い玉。
真魚の言葉で、男の子はそれを舐めた。
「甘い!」
「ありがとう、おじちゃん!」
そう言って全部口に入れた。
「舌が笑ってるよ~!」
智と言う男の子は元気に、坂を下っていった。
「この世で一番の甘さだ…」
真魚が笑ってそう言った。
その子はこの先、それ以上の甘さに出会うことはない。
仕方なく来た少年が、一生で一度の体験をした。
そう言っているのだ。
「とりあえずは、大きい方の家に行かねばな…」
真魚がそう言って皆を連れて行く。
いつの間にか真魚が仕切っている。
未来が見えている。
そう思えるほど、真魚の動きには迷いがない。
皆は、それについていくのが精一杯なのだ。
そして、その事実に気づいていないだけだ。
坂を上り切った。
真魚達を待っていたのは土塀であった。
白に近い、薄い黄色の壁。
それに囲まれた中に塊という者が住んでいる。
「ここまで来れば大したものだな…」
真魚がそう言った。
「高い場所でございますな…」
真魚の言った意味が、雫の父親には分かっていない。
「そう言う意味ではない…今にわかる…」
真魚がそう言って笑みを浮かべた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-