鉱山を下りた場所に集落が築かれていた。
そこは村と言って良いほど、多くの者が住んでいた。
城柵からはそこそこ距離がある。
倭と手を組んだ山師が、元々住んでいた場所かも知れない。
ただ、普通の村と違うところは、田畑が少ないことだ。
かなりの者が鉱山で働いている。
農作物は自分たちが食べる分だけで良い。
それは、村に残された年寄りや子供でまかなわれている。
他の者は米や布ではなく、労役という形で税を倭に納めることになる。
そして、取れた金は全て倭のものになる。
そう言う仕組みを倭は作ったのだ。
蝦夷と壮絶な戦いの後、倭朝廷の力はまだ蝦夷まで届いていた。
だが、都からは遠い。
その支配が長く続くとは到底思えない。
及ばぬ力は新たな力を生むことになる。
この黄金を手中に収めた地方の貴族が、力を持つのに数百年の時が流れる。
徐々に体勢は整えられていたであろう。
この後の時代に奥州藤原氏が栄えるのだ。
真魚達は予想外の出来事に頭を悩ませていた。
朔三と婦人は同じ家に入って行ったのだ。
しかも、二人を待っていたのは、小さな二人の子供であった。
子供も朔三に懐いているようで、笑顔を見せている。
その姿を蓮は嵐の背中で見ていた。

「謎は全て解けたな…」
蓮の後ろの真魚がつぶやいた。
朔三が帰らなかった理由は二つあった。
記憶が闇に奪われたことと、新しい家族が出来たことだ。
だが、そのことで朔三自身も救われていたことは間違いない。
蓮はあまりの出来事に言葉がでない。
「半分死んだようなものか…」
嵐の慰めの言葉も蓮には冷たく感じる。
その事実を必死に受け入れようとしている。
だが、十歳ほどの子供にとっては大きな出来事だ。
華よりも小さい。
二人の小さな子供。
その子供達の笑顔が蓮の心に突き刺さる。
「痛いのには意味がある…」
真魚が言った。
蓮の痛みを真魚は感じている。
「何かを言われて腹がたつのは、間違っていないからだ…」
「それを受け入れる度量があるなら腹も立つまい…」
真魚は蓮の頭を撫でた。
蓮は泣いていた。
どうしたらいいのかわからない。
ただ、心が痛む。
父は生きている。
だが、もう今までの自分の事は忘れている。
しかも、家族である蓮や華、そして柊のことも記憶にはない。
蓮の父ではなく別の人になっていた。
二人の子供に愛情が生まれたのかはわからない。
残された断片がかろうじて、親であることをつなぎ止めていたのかも知れない。
蓮はその事実の痛みを必死に耐えていた。
「父は柊を守る為に、家族を守る為に黑を連れてきたのだ…」
真魚が蓮にそう言った。
「黑の中には神がいる…」
「それを願ったのは父だ…」
真魚は蓮にそれを問うた。
「えっ!」
蓮は驚いた。
「柊の命を救ったのは父の願いだ…」
「父ちゃんは…初めから…」
蓮の瞳からその思いがこぼれた。
一度溢れた想いは止まらない。
歯を食いしばっても、唇を嚙んでも止まらない。
真魚は後ろから蓮を抱きしめた。
その波動が蓮を包み込んでいく。
「そして、柊の願いが父の命を救ったのだ…」
真魚がその事実を知ったのは柊に触れた時だ。
「母ちゃんの願い…」
蓮は初めてその事実を知った。
蓮は涙を手の甲で拭った。
「俺…どうしたらいい?」
蓮は真魚と嵐に聞いた。
その切実な想いは二人に届いている。
「俺には決められぬぞ…蓮の未来だ…」
嵐が言った。
「そうだね…そうだ…」
蓮は自分に言い聞かせる様に言った。
「時間が経てば思い出すかも知れぬ…」
だが、闇に食われた記憶を戻すことは出来ない。
その可能性は低い。
「父ちゃんは幸せなのかな…」
心の痛みはそれが真実であるからだ。
その言葉の中に蓮の強さがある。
自分より弱き者の心に寄り添っている。
「嵐、俺またここに来られるかな?」
蓮の瞳に涙が浮かんでいる。
「ああ、いつでも飛んでやる…」
嵐がそう言った。
「帰ろう、華と母ちゃんが待っている!」
蓮の声が震えている。
だが、それは自らの未来を決めた、大いなる心の決意であった。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-