あれからひと月が過ぎようとしていた。
楠の祠の前に彩音はいた。
祈りを捧げている。
祠に神はいない。
だが、彩音のその祈りは神に届いている。
それは側にいる嵐が一番分かっている。
なぜなら嵐は神だからだ。
祈りの波動がどこに伝わるのかは分かっている。
彩音は毎日祈りを捧げている。
もう十年以上は続いている。
嵐はその祈りを感じている。
彩音のその気持ちが嵐にも伝わる。

「彩音の祈りは美しいなぁ」
嵐がその祈りを聞いている。
その穢れのない気持ちは波動にも表れる。
「最近、我夢の奴もちょっと変わってきたなぁ」
嵐は我夢の変化を感じていた。
真魚との剣術の修行。
鉄斎との刀の制作。
どちらも気が抜けない。
彩音はお祈りを終え、側に座った。
「たくましくなったなぁ」
その座った彩音に嵐は問いかけた。
「?」
彩音はきょとんとしている。
「彩音も我夢もたくましくなったと言っておるのだ」
嵐が彩音に説明する。
彩音は笑っている。
「心配するな、俺らがおる!」
嵐は彩音にそう言った。
「あ!」
『ありがとう』
彩音の言葉が聞こえる。
この頃には嵐も大抵のことはわかる様になった。
「たまには歩み寄ることも必要かも知れぬな…」
あの嵐がそんな言葉を言った。
神である嵐が人に歩み寄ることなどあり得ない。
だが、嵐は変わりつつある自分を楽しんでいる。
無理にではない。
真魚に出会い、様々な人に出会うことによって、
気がつけば変わっている自分がいた。
自然とそうなった自分に呆れながらそれを楽しんでいる。
無理に変わる必要は無い。
変わって行くものなのだ。
嵐はそれを受け入れていた。
「俺には青嵐という兄がいたのだ…」
彩音に青嵐の話をし始めた。
「ある男に心を操られた」
彩音がそれを真剣に聞いている。
「だが、その心の奥底に兄者はいた」
「真魚のおかげで救うことができた」
「真魚がいなければ永遠に離ればなれだったかも知れぬ…」
彩音が両手を広げる仕草をした。
『今はどうなったの?』
と聞いているようである。
「俺の中にいる」
嵐が言った。
「!」
彩音が驚いた顔をしている。
その事が理解出来ないらしい。
「彩音と我夢が手を繋ぐようなものだ」
嵐がそういう言い方をした。
「!!!」
彩音が顔を赤らめて困っている。
人の心は嵐と青嵐の様に融合することはない。
だが、触れ合うことはできる。
好きな人と話す時、人の波動は混じり合う。
まるで音楽のように響き合う。
嵐にそう言われた時、彩音は我夢の波動を探した。
無意識に探した。
それを嵐に感づかれたのが恥ずかしのである。
「我夢のことは真魚に任せておけ」
「神である俺を救った男だ」
嵐が彩音にそう言った。
彩音は空を見て一度だけ頷いた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-