龍牙を超える刀。
翌日から鉄斎は制作に取りかかっていた。
もう迷いはない。
だが、真魚が持って来た鉄が気がかりであった。
手応えは感じている。
鍛錬の感じからある程度はわかる。
しかし、どう仕上がるかは予想できない。
鉄斎が引いている仕上がりの線。
その内側か外側かは、焼き入れが終わるまでわからない。
だが、鉄斎の頭の中では既にそれは完成されている。
あとはそのその工程を進んで行くだけであった。

「親父、真魚はどうしてこの鉄を持って来たのだろうな」
我夢は鉄を打ちながら鉄斎に言った。
「余計な事は考えるな、邪念は禁物だ!」
鉄斎は我夢を窘めた。
だが、鉄斎自身もそれが気になっていた。
もとは真魚が依頼した刀である。
それがいつの間にか一人歩きをしている。
龍牙を超える…
だが、真魚自身の刀ならばその必要は全くない。
『どのようにして龍牙を超えるのだ…』
真魚はそう言った。
真魚のこの言葉で鉄斎は閃いた。
どのようにして…
この言葉に超える仕組みが隠されていた。
真魚が持って来た鉄。
真魚の言葉。
我夢を救ったのも真魚だ。
真魚が全ての始まりなのだ。
そう考えると真魚がこの刀を依頼した理由は一つしかない。
あの男を倒すことだ。
我夢に剣術を教えている。
我夢がこの刀を打っている。
「全てはつながっている…」
「ただ一度…」
「あの男を見ただけで全てを見抜いたのか…」
鉄斎はその事実に気づき驚愕した。
本当に恐ろしいのはあの男ではない。
鉄斎はその考えを確信している。
「佐伯真魚…」
「この世で一番恐ろしい男かも知れぬ…」
真魚の中の輝く光。
まぶしすぎる光は闇を隠す。
「光と闇…」
鉄斎の口元に笑みが浮かんでいた。
嵐は今日も彩音の守り神だ。
彩音は畑を耕している。
そして種を蒔いている。
真魚も手伝っていた。
嵐は畑の側の草むらで寝そべっている。
「あの竹の子鍋はおいしかったなぁ」
嵐は食い物の事ばかり考えている。
その味を思い出すだけで幸せであった。
美味しいは幸福感をもたらす。
命を摘む罪悪感は微塵もない。
それどころか…
「罪悪感を和らげる為に味が存在するのだ」
と言っているようである。
だが、本来はそうではない。
有害なものを身体に取り込まない。
味はその裏で命を守るしくみの一部でもあるだ。
「彩音、今日は行かないのか?」
「行っても良いがあれだけ採った後だからなぁ」
真魚が彩音の代弁をしている。
それを聞いた彩音が笑っていた。

鉄斎は我夢にある変化を感じていた。
始めた頃は何もかも力任せであった。
それが最近は力が抜けている。
だからといって気を抜いているのではない。
打つ一瞬にだけ力を込めるようになった。
真魚との剣術の修行。
我夢が打つ金槌の音だけで、剣術がどれだけ上達したかが見える。
その成果がここにも現れている。
一つが変われば全てが変わる。
全てが変われば一つも変わる。
刀に向かう我夢の目。
既に憎しみには支配されていない。
何かを見いだそうとしている。
我夢が打つ一打一打が我夢の心を変えていく。
全てが一つに向かっている。
その事が全てを変えようとしていた。
だが、我夢はまだ気づいていない。
それでも、鉄斎はその事がうれしかった。
続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-