皆が泣いていた。
神の心に触れたのだ。
感動で心が震えている。
だが、その中に一人だけ違う波動が紛れている。
禰宜の内の一人。
その男の涙の向こうに見えているその姿。
「華音と言うのか…」
母である風音に似ていた。
他の者が知っているはずがない旋律。
華音の母、風音の旋律。
他に知っているとすれば…
それは生き別れた娘だけだ。
娘の名前も知らぬまま過ぎた年月。
「こんなに大きくなったのか…」
気がつくと男は華音の側まで歩いていた。
「お父さんなの…」

華音が見ている。
声まで似ていた。
母である風音に…。
「そうだ…」
それを聞いた宮司が震えている。
「私の…孫なのか…」
宮司はその禰宜の父であり華音の祖父であった。
華音はその事実をまだ知らない。
「お母さんが死んだの…」
華音はそれを伝えるのが精一杯だった。
「風音が…死んだ」
男は膝をついた。
取り戻せない時間が、男の心を打つ。
床に手をついた。
「すまぬ、すまぬ」
男は華音に詫びた。
「お母さんはあなたを愛していた」
「ずっと会いたがっていた」
丘の上からいつも出雲を見ていた母の姿が思い浮かぶ。
「すまぬ、風音…」
華音はその男の肩の肩に手を置いた。
「私が怖く無い?」
「この姿…」
覆っていた布を取った。
華音が父を見ている。
「風音の若い頃にそっくりだ」
その言葉で華音の瞳から涙がこぼれた。
「お母さんに…」
父の手が華音の頬に触れる。
「温かい…」
初めて触れる父の手、その温もり。
「華音」
父は思わず華音を抱きしめた。
「許してくれ…華音」
泣いていた。
父が悪い訳ではない。
母が悪い訳でもない。
華音は分かっている。
父の涙が嘘ではないことを…。
母が父を愛していたことを…。
「いいの、もういいの…」
華音は感じている。
本当に大切なもの…。
母が教えてくれた。
華音の中にそれはある。
「これからは一緒だ」
抱きしめる父の力がうれしかった。
「神様との約束だもの…」
華音の瞳から涙がこぼれた 。
温かい光が全てを包んでいた。
「あなたは一体…」
宮司が真魚に声をかけた。
「華音を頼む」
真魚がそう言った。
「華音の笛は華音の想いだ」
「そして、母の心だ」
真魚は宮司にそう言った。
「私が間違えていたのかもしれない…」
「神に仕える身で有りながら、大切なものを忘れていた…」
「伝統を守ることばかり考えて、二人の心を分かろうとしなかった…」
その言葉の中には、二人を許さなかった宮司の心が見えている。
「あなたのおかげです」
「神の心を知ることが出来ました」
宮司が真魚に礼を言う。
「引き合わせたのは華音だ」
「あの子が…」
真魚の言葉に宮司は声を詰まらせた。
「島であの笛の音を聞かなければ、華音に会うことはなかった」
「まだ時間は残されている」
真魚はそう言って華音を見ている。
「あの子の母親の分まで大切にいたします」
宮司の瞳には傷を負った父と子の姿が映っていた。
「神との約定は違えられぬ」
真魚はそう言って笑っていた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-