結論からいうと「NO」だと思っている。

昔に比べると、家庭内における男性の家事参加率は高まっているらしいが、世の旦那様は未だにゴミを捨てただけでも、食器を洗っただけでも「自分は家事に協力しているイイ夫!」と胸を張る。
そう、『協力している』なのだ。
『女性が主体である仕事のお手伝いをしている』という感覚。

男性にとって家事は、本来の自分の担当業務ではなく、上司(妻)の指揮系統のもと行う業務なのだろう。しかし、多くの女性は、日中の仕事と同様、家事に対しても義務感と責任感を持っている。残業が終わってからも家事というもうひとつの仕事が待っていると、げっそりと帰路に着くワーキングウーマンも少なくないだろう。

「共働きなんだから家事も平等に!」と思うから、平等じゃないことに不満を感じる。男性がお手伝い感覚で参加しているのであれば、女性も男女平等という気持ちを投げ捨てる必要がある。基本性能や考え方が違うのだから、最初から平等なんてありえない。

そもそも、一人暮らしのときの家事と、家族がいるときの家事の質は違う。
一人暮らしのときは「自分が困らないよう」必要に迫られた家事、家族がいるときは「家族が過ごしやすいよう」思いやりに基づいた家事だ。
多くの男性が行うのは、自分が経験してきた前者の家事。言うまでもなく、女性は後者だ。家族の笑顔を思い浮かべながら夕食の献立を考え、存分にシワを伸ばして洗濯物を干す。家事に対する考え方が女性とは根幹から違う男性には、その心遣いに気づきにくい。

見返りを求めないのが愛なのかもしれないけど、毎日の家事にロマンスは存在しない。だからこそ報われたという気持ちが大事なのだ。
男性が「お手伝い」を誉められて嬉しいように、女性だって「毎日頑張っているね」の言葉が欲しい。家族を思う優しさを慮ってほしい。労ってほしい。疲れてささくれだった女性の気持ちを落ち着かせるのは、男性からの「いつもありがとう」の一言。

男性が「俺は家事をやっている!」と胸を張る前に、わかっておいてほしい。あなたがやっていることは、日常という大きな流れの中の一端を担っているに過ぎないことを。
そして女性には、男性のわずかながらの家事を誉めなければ、さらに上がないことをわかってほしい。「これをやってくれるから、その間に私は他のことができて助かる」という感謝の気持ち。それがお互いの譲歩ラインだろう。

女性ならではの細やかな心遣いは男性に無理なのであれば、男性ができること、いや、男性じゃなきゃできないこと=『女性を労わる』ことを最優先課題として取り組んでいただきたい。それが家庭内におけるバランスを取る秘訣ではないだろうか。