それは夫の誕生日、金曜の夜の出来事だった。
突如、夫とデートすることになった。
仕事で疲れた体をひきずるように浴室に投げ込み、シャワーのお湯を全身に叩きつけた。よろけながらも一番お気に入りのワンピースを選び、とっておきの香水を一振り。
仕事帰りの夫が待つビストロに向かう。

いつもは子どもたち2人を叱りつけながらの外食。夫と2人きりで最後に食事に出たのは、一体いつのことだっただろう。
そんなことを考えながら、しんしんと雪が降る道を歩いていると、なんだかほんのり嬉しくなって、ブーツをはいた重たい足に小さな羽が生えたように感じた。
暖かい光がこぼれるビストロのドアの向こうには、大好きな夫が待っている。

食事はとても美味しかったし、夫とのおしゃべりも楽しかった。子どもやママ友、テレビやスーパーの話だけではなくて、社会や仕事の話が出来る。育児休暇明けの私にとっては、そんなささいなことが嬉しくて嬉しくてたまらない。夢中になって話して聞いて、そして笑った。

ところが、話と話のふとした隙間に、奇妙な違和感を覚えた。
なんだろう、この違和感は……。
会話をしながら頭をぐるぐる回転させて考えた。
そして気がついた。

トキメカナイのだ。

楽しいことには変わりないのに、心のどこをほじくっても、トキメキの欠片が微塵も見当たらない。以前はこうして夫とデートすると、多少なりともドキドキしていたはずだったのだが。

この事実に少なからぬ衝撃を受けながら、店を出た。
雪が降るツルツルの路面。
夫が差し出してくれた腕は、まるで、私の全身を支えている心棒みたいに、私の体の一部になる。足下を氷にとられないようにしがみつきながら、もしかして、これが私たち夫婦の成長した一つの姿なのかもしれないなぁと思う。
ふにゃふにゃの赤ちゃんだった子どもたちが、今は自分の足で立ち、言葉を話し、トイレでうんちをする。そんな自然の流れに乗って私たち夫婦も成長してきたのかなぁと。

胸が張り裂けそうなトキメキは消えてしまったけれど、かけがえのない存在。性別を越えて、なくてはならない大切な同志。
コートを通して、夫の腕のぬくもりが、ゆっくりと伝わってきた。