
フィリピーナ(フィリピン人女性)はテレサ・テンが好きだ。
『つぐない』、『愛人』、『時の流れに身をまかせ』……etc.
「♪尽く~して 泣きぬ~れて そして愛されて~♪」
「♪あなたの色に染められ~♪」
これまでテレサ・テンと彼女の歌にシンパシーを感じることなど皆無の人生を送ってきた私が、フィリピンで、暗記するほどこの人の歌を聴くことになろうとは……。
日本にデカセギに行った経験のあるフィリピン人女性に、好きな日本の歌手を聞くと松田聖子、高橋真梨子、そしてテレサ・テンの名前が必ず挙がってくるのはなぜだろう。
3人に共通しているのは濃淡はあっても「女性性」、もとい「女の情念」をテーマに歌っているところか。
中でもテレサ・テンはその情念を「薄倖」で味付けし独特の存在感を醸し出している。
「薄倖」は「不幸」とは微妙に違う。
テレサ・テンを歌う彼女達の多くは実際に「尽くし」「裏切られ」「人生を捨てる」ようなイマドキの日本では流行らない重めの恋愛をデカセギ時代に経験し、今その結果である子どもを数人抱え、母子家庭でがんばっている。
父である日本人は子どもの認知はおろか養育費さえまともに支払っていないケースも珍しくない。
が、彼女達は不幸か。
彼女達に「日本はどうだった?」と聞くと、みんな口をそろえて「楽しかった!」「また行きたい!」という。
行ったことを後悔してる、という女性には会ったことがない。
テレサ・テンの歌に出てくる女性もどんなに「泣きぬれて」「捨てられて」もあまり不幸そうではない。むしろそんな過去を「いい経験だった」といとおしんでいるかのような雰囲気が漂っている。
男も恋も挫折もすべて飲み込んで自分の人生の糧にし、「薄倖」という美しい衣装をまとって、たくましく生き抜くしたたかで成熟した女性像がそこにはある。
未熟者の私には到底到達できない境地だし、正直テレサ・テンの歌はやっぱりあまり好きではないのだけれど、昭和の日本にかって存在していた、そして現代のフィリピンに生き残るこういうタイプの女性はけっこう好きだ。
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◆ゲストライター:かおり

寒さが苦手でたいてい南の国に逃亡している軟弱な道産子。初海外はマダガスカル。
その後JICAボランティア関係でパラグアイ、コロンビアとベサメムーチョな南米暮らしが続き、現在は流れ流れてフィリピンの田舎で日本語を教える日々。最近ハマっているモノはハロハロ(フィリピン風具沢山カキ氷)とレチョン(子豚の丸焼き)。
「ワイフ」や「ママ」とはほど遠い人生裏街道をクラゲのように漂いつつも、まだ見ぬ夫と我が子のためにSoLで修行しておこう、と決意する。