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第一話、第二話、第三話、第四話、第五話
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カウンターの端の席では50代後半くらいの落ち着いた雰囲気のカップルが、仲睦まじくグラスをかたむけていた。2人の周りには穏やかな空気が流れている。きっと夫婦だろう。
沙弓は思わず目を背けた。
数十年後のいつの日か、私もどこかのバーの片隅で、あんなふうに弘幸の横で微笑んでいるはずだったのだ。年相応の貫禄と自信を身につけた彼は、いつもの優しい瞳を、時々沙弓の上にちらりと投げかけながらウィスキーを飲むに違いなかったのだ。
2人の間に瑞穂さえ現れなければ……。
発作的に彼らとは反対の端に座った沙弓が唇を噛みしめながらうつむいていると、若いバーテンダーが静かに前に立った。
メニューも見ずに、沙弓はギムレットを頼む。
弘幸とのデートで、両親から外泊の許可が出た夜に、いつも頼んでいたお気に入りのカクテルだ。
べろんべろんに酔って、何もかもを忘れてしまいたかった。
どうして瑞穂は弘幸を選んだのか。どこで出会ったのか。
そして、どうして瑞穂は産まれた赤ん坊を伴って、何も知らされていなかった弘幸の前に突然現れたのか。
色々な疑問が沙弓の脳味噌を、嘲笑しながら掻き混ぜる。
このバーの片隅で、確かにあの時、目の淵をほんのり赤く染めた瑞穂は言ったはずだ。
シングルマザーとして子育てするのが夢だ、と。
欲しいのは夫ではなく、子どもだ、と。
あの後、瑞穂とは数回飲みに行ったのだが、瑞穂は酔うと、一貫して同じ事を言い続けていた。子どもを育てたい。父親は面倒なだけで不要だ、と。
なので、瑞穂が突然退職したとき、もしかして……と心の中で沙弓は思ってはいた。
けれど、不思議な事に、退職の事実を耳にした瞬間から、瑞穂の携帯電話には連絡がとれなくなってしまっていたので、事実を確かめることはできないでいたのだ。
彼女には、沙弓のプライベートも少し話した。
婚約者がいること。彼の会社、そして会社でのポジション。結婚の日程がほぼ決まっていること。
さらに彼の性格。彼は身長も見た目も申し分なし。仕事も、運動も、プライベートも、何もかもを器用にソツなくこなすタイプだということ……。
ああ、そうだ。そうだった。
あの時確か、瑞穂は言っていた。
「優秀な遺伝子をね、選ばなきゃならないのよ。大事な私の子どもだもの」
そうだ……。
沙弓の脳裏にある光景が浮かびあがってきた。
日曜日の昼下がり、珍しく車に乗らずに近くの公園でデートしていた2人は、その帰り道、ばったり瑞穂に会ったのだ。
二言三言、言葉を交わして別れたあと、弘幸が瑞穂に見惚れている様子を見て、なんだか嬉しくなってしまい、「憧れの先輩なの」と無邪気にはしゃいだのは私だった。
きっとあの後、瑞穂が弘幸に近づいたのだろう。
いや、もしかして近づいたのは弘幸の方だったのかもしれない。
結婚前のお遊びとして。
思わずため息をついて一気に残りを飲み干す。
ライムとジンの香りが鼻にひろがり、食道がチリチリと熱くなった。
ふと前を見ると、さっきのバーテンダーが静かに微笑んでいた。
「何かお作りしましょうか?」
……つづく