前回のつづきは以下から読めます。(※別窓が開きます)
第一話
第二話
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優実が「独身」という言葉を口にした瞬間、沙弓はひどく抵抗を感じた。
その言葉は沙弓の耳に、羨望よりもむしろ、既婚者の優越感がこめられた音に響いたのだ。そう聞こえたのは、今の沙弓の心境が、ちょっぴり卑屈になっているせいかもしれない。
それにしたって冗談じゃない。独身には独身の大変さがあるのだ。三十代にも入ると、どうして既婚者は独身の女に対して何でもわかったような言い方をすることが多くなるのだろう。
「えー、そう?そんなこともないと思うけれど……」
相変わらずふわふわと雪が舞う見送りのホームで、沙弓は必死に平静を装う。
「絶対そうよー。いちいちお伺いをたてなくても外出できちゃうし。あーあ、私も結婚なんて早くしなきゃ良かったなぁ。ねえ、ところでさ」
列車に乗り込みながら優実はちょっぴり伺うように上目遣いで尋ねてきた。
「華の独身貴族にも、もうすぐお別れね。もうそろそろなんでしょ?」
「うん。うちの両親も気に入ってくれているの、彼の事。
優しいし将来有望だし、文句なしだって。『もちろん』仕事も続けていいって言ってくれているし、そろそろ指輪も選んでいるの。お式の日程が決まったら真っ先に連絡するね。来てくれるでしょ?多分、たくさんお客様を招待しなきゃならないような式になっちゃうと思うんだけど……」
いつもよりも姿勢をただし、『もちろん』という言葉に少し力をこめて沙弓は答える。幸せそうな微笑みと一緒に。
「きゃあ!おめでとう!!楽しみにしているわ」
祝福に満ちた満面の笑顔を見せる直前、優実の瞳に一瞬、嫉妬と羨望の影が落ちたのを沙弓は見逃さなかった。
柔らかいガス灯の光に包まれた駅のホームで、去ってゆく列車を見送りながら沙弓は思い出していた。
人生についてなんて何も知らずに、ただただ無邪気に笑い転げていた学生時代。取るに足らない悩みを、重大な事のようにひっそりと相談しあった廊下の片隅。私たちはあの頃、確かに親友だった。
けれど、今目の前で、幸せに満ちた生活を送っていることを見せつける彼女に、どうして本当のことが言えるだろう。どうして一時間前にかかってきたあの電話の話ができるだろう。
吐き出してしまえば、きっとすっきりする。地面に崩れ落ちて泣きじゃくる私のために、列車を一本遅らせてでも彼女は付き合ってくれただろう。けれど、憐憫に伴う優越の視線を投げかけられるのだけはゴメンだ。幸せに満ちた生活を送る彼女に憐れまれるくらいならば、死んだほうがマシだ。
駅の前には、少し溶けかけた小さな氷のドームのなかで、ちらちらとキャンドルの小さい光がいくつも揺れていた。
このまま、両親が待つ自宅には帰りたくない……。
頬に冷たい雪の欠片を受けながら、コートのポケットに手を入れて、沙弓はふわつく足で、発作的に駅前の信号を渡った。
……つづく
第一話
第二話
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優実が「独身」という言葉を口にした瞬間、沙弓はひどく抵抗を感じた。
その言葉は沙弓の耳に、羨望よりもむしろ、既婚者の優越感がこめられた音に響いたのだ。そう聞こえたのは、今の沙弓の心境が、ちょっぴり卑屈になっているせいかもしれない。
それにしたって冗談じゃない。独身には独身の大変さがあるのだ。三十代にも入ると、どうして既婚者は独身の女に対して何でもわかったような言い方をすることが多くなるのだろう。
「えー、そう?そんなこともないと思うけれど……」
相変わらずふわふわと雪が舞う見送りのホームで、沙弓は必死に平静を装う。
「絶対そうよー。いちいちお伺いをたてなくても外出できちゃうし。あーあ、私も結婚なんて早くしなきゃ良かったなぁ。ねえ、ところでさ」
列車に乗り込みながら優実はちょっぴり伺うように上目遣いで尋ねてきた。
「華の独身貴族にも、もうすぐお別れね。もうそろそろなんでしょ?」
「うん。うちの両親も気に入ってくれているの、彼の事。
優しいし将来有望だし、文句なしだって。『もちろん』仕事も続けていいって言ってくれているし、そろそろ指輪も選んでいるの。お式の日程が決まったら真っ先に連絡するね。来てくれるでしょ?多分、たくさんお客様を招待しなきゃならないような式になっちゃうと思うんだけど……」
いつもよりも姿勢をただし、『もちろん』という言葉に少し力をこめて沙弓は答える。幸せそうな微笑みと一緒に。
「きゃあ!おめでとう!!楽しみにしているわ」
祝福に満ちた満面の笑顔を見せる直前、優実の瞳に一瞬、嫉妬と羨望の影が落ちたのを沙弓は見逃さなかった。
柔らかいガス灯の光に包まれた駅のホームで、去ってゆく列車を見送りながら沙弓は思い出していた。
人生についてなんて何も知らずに、ただただ無邪気に笑い転げていた学生時代。取るに足らない悩みを、重大な事のようにひっそりと相談しあった廊下の片隅。私たちはあの頃、確かに親友だった。
けれど、今目の前で、幸せに満ちた生活を送っていることを見せつける彼女に、どうして本当のことが言えるだろう。どうして一時間前にかかってきたあの電話の話ができるだろう。
吐き出してしまえば、きっとすっきりする。地面に崩れ落ちて泣きじゃくる私のために、列車を一本遅らせてでも彼女は付き合ってくれただろう。けれど、憐憫に伴う優越の視線を投げかけられるのだけはゴメンだ。幸せに満ちた生活を送る彼女に憐れまれるくらいならば、死んだほうがマシだ。
駅の前には、少し溶けかけた小さな氷のドームのなかで、ちらちらとキャンドルの小さい光がいくつも揺れていた。
このまま、両親が待つ自宅には帰りたくない……。
頬に冷たい雪の欠片を受けながら、コートのポケットに手を入れて、沙弓はふわつく足で、発作的に駅前の信号を渡った。
……つづく