会社に、ちょっといじわるな女の人がいる。

いや、気のせいだよ。たぶん。
……って、ずーっと思うようにしていた。

ものすごく忙しそうだし、そりゃご機嫌ナナメにもなるよね。私だって忙しいとそうなるもんね。
だから、できるだけこっちからは笑顔で話しかけ、挨拶や言葉かけをマメにし、ていねいに接するように心がけ、「たまたま虫の居所が悪かっただけなんだろう」と思うようにして、悪い解釈をしない努力をしてきた。

でも、もうやめた。

絶対に気のせいじゃない。
やっぱり、そこにはれっきとした悪意が存在しているのだ。

だから、ちゃんと「あー、またいじわるされちゃったなー」って思うことにした。

ときどき、こうやって「何の理由もなく」いじわるをされることは、たぶん誰にでもある。

もしかしたら、いじわるをされる理由はあるのかもしれない。でも、それはきっと「なんとなく嫌いな感じだからー」とか、その程度のものでしかないんだと思う。
そもそも「私の言動が原因で……」って心当たりがあるほど、接点がなかったりもする。

そりゃ、誰にだって好き嫌いはある。

でも社会生活を営む上で、それをあからさまに態度に出したり、そんな理由で仕事を教えなかったり、大事な資料をくれなかったり無視したり、そういうのってどうなのさ。

どの職場でも、女性が複数いれば、必ず、このタイプに私は当たる。そして、そういうタイプの女性は、たいてい「仕事のできる女性」であることが多い。

なんだろう。
有能な女性の癇に障ってしまう何かがあるのかなあ。

……と考えていて、ようやく私は天啓がひらめくがごとく思い当たった。





美人、だからだ。



   ……私が!





そっか!そりゃーしょうがない。

美人に生まれついたからには、同性の敵意を受けるのは宿命なのだ。税金のようなものだ。
ほんと、美人っていいことばかりみたいだけど、こうやって同性からの激しい妬みや嫉みを一身に受け、なおかつ傷つかないようにさらりと流す強靭さが必要なのだ。

けっこう美人業もラクじゃない。


以上のような見解を同僚に述べたところ、彼女は爆笑して、

「生きていくためにはそういう思い込みは必要だよね!」
と明るく言い放ってくれた。

いいじゃないか!

水と、塩と、「私は美人」という思い込み。
それでなんとか生きのびることができるのだ。
どんなにつらいことがあっても、「うーん、美人の宿命だからしょうがないわ」と思い込んで乗り越えることができるなら、それがいちばん大切なことだ。