母が来てくれた夜、お風呂に入った。
白い浴室は今日はシンと静まり返って、ひいやりとした空気に肌が覆われる。
思いきりシャワーの栓をひねり、立ち込める蒸気の向こうに、疲れてゲッソリとした自分の顔が浮かび上がり、少しギョッとする。
いつもは大騒ぎする子ども達を捕まえては必死で洗う戦場となる浴室。
最後にゆっくりと自分を鏡で見たのは、いつだったろう。
毛先の揃わない、艶のない髪。落ち窪んで充血した瞳。目の下にはぺったりとクマが張りついた。
疲れきった女が、湯気のむこうでぼうっとこちらを見ている。
筋肉から見放されたように下がっている唇の両端を無理やり引き上げて、石鹸に手を伸ばす。
緑の香りが浴室に広がり、ほんの少し、心が静かになる。

首、肩、腕、胸……。白い泡に包まれる度に、眉間のあたりにびっしりとこびりつき、凝り固まっていた砂利のような灰色の小さな塊たちがはらりはらりとこぼれ落ちて、
強張っていた頬の筋肉が、ふわりとほどけていく。

足を洗おうと、踵を見て、思わず手が止まった。
分厚い皮で覆われ、ガチガチに固まっている。触っても感覚が無い。皮膚の間には白っぽくガサガサした筋が走り、端はひび割れてさえいる。まるで、象の皮膚だ。
子どもが生まれる前に通っていた、フットケアのお店の柔らかいソファーの感触が、遠い昔のように思い出される。

同時に、幼い頃、「うわぁ、嫌だなあ……」なんて思いながら眺めた記憶のある、母の踵が瞬時に甦り、少し切なくなる。

理由は2つ。

自分の足の裏に注意を払う余裕もなく、飛ぶように過ぎて行く時間に埋没せざるをえない現実と、
母もこんなふうに自分を育ててくれたのだという切なさ。

浴槽の中で、いくらこすっても柔らかくならない踵をそっと撫でながら、今週こそあの柔らかいソファーに沈みこみに行こうと思う。
次に続く時間も何もかも。可愛い子ども達も、たまった家事も、請求書の葉書も晩ごはんのメニューも。何もかもすべてを忘れて真っ白になるであろう、あのソファーに。
自分をとり戻すために。そして、子ども達に向ける笑顔を生み出すエネルギーを充填するために。