どちらかというと男性が苦手な私にとって、異性とおててつないで踊るなんて「とーんでもないっっっ!」行為だった。
けれどあの日、姿勢の悪さをなんとかしたい一心で「社交ダンスサークル」なるものの扉を叩きいた。そして、履いたことのないような、細くて高いヒールの華奢な靴に、モコモコした冬用ソックスの足をねじこんだ。

運動音痴、リズム感ゼロの私にとって、簡単なステップを踏めるようになるのは至難の業だった。それどころか高いヒールなど履いたことの無かったため、まともに歩くことすら最初はままならならず、内股でヨタヨタとあひるのように進むのが精一杯。時にはズルリとコントのように片足だけ床を横滑りして、大股開きになっては股関節の痛みに悶えた。例外なく翌日にはとんでもない部位の筋肉痛にも苛まれた。

ところがこの社交ダンス、予想に反して、楽しくて楽しくてたまらない。
もちろん楽しかったのは「おててをつなぐ」ことではない。
踊ることが楽しいのだ。
(実際にやってみてわかったのだが、社交ダンスはものすごくハードだ。うっふん、あっはん、なんてやってる余裕はありましぇん!)

必死すぎて、自分が踊っている姿を見るどころの騒ぎじゃなかったのが功を奏したのか、挑発的に睨みつけ、腰をくねらせたかと思えば、次の瞬間にはパートナーにクルリと背を向けるルンバを踊る時、私はまるでホセを翻弄するカルメンの気分であったし、華麗に(?)ワルツのステップを踏んでクルクル回る時は、完全にプリンスと踊るシンデレラそのものだった。(実際は砲丸投げのようにパートナーの男性をぐるぐると振り回しては先生に叱られてばかりだったとしても)

まるで某映画のように、日常生活にもダンスはしみこんでいった。
ある日、職場で、たるーいデスクワークをしながら、足をシュシュシュシュシューーー!と、高速で動かしステップの復習をしていた。すると、何だか視線を感じる。
ハッとして顔を上げると、向こうの机で仕事をしていた同僚が、こちらを見て固まっていた。

同じく職場の廊下でこんなこともあった。
しめた!誰もいないっ!ここぞとばかりに、足を交差させ、小さく跳ね、腰をくねらせターン!決まった!ウーン、こんな感じかしら!?
キメのポーズでアゴをクッと上に!むけたら……廊下の突き当たりに同僚がいた。
常に感情を表にださずに冷静で知的な彼は、何も見なかったかのように斜め下を見ながら足早にこちらに向かい、すれ違いざまに「うぷぷぷっ……」と頬と鼻の穴を膨らませて去って行った。

自宅に帰っても、ドスドス飛んだりぐるぐる手足を振り回すたびに、狭い部屋の中のあちこちに激突しては物を落としたり壊したり。泥酔した翌日のように、常に四肢には青あざが絶えなかった。

そんなこんなで、職場や自宅で奇怪な行動を繰り返しては顰蹙を買いながらも、サークルの日が待ち遠しくてたまらなかった。
残念ながら開始数ヶ月後に妊娠が発覚し、ドクターストップがかかってしまったのだが、ダンスを始めてから単調な生活が激変した。ゴムチューブの中を行ったり来たりするだけのような、職場と家の往復に明け暮れるどぶねずみ色の日常に、突如薔薇色の光が差し込んだかのようだった。

私にとってはダンスだったけれど、バンドでも卓球でも、華道でもテコンドーでも。下手くそでも、サマにならなくても、誰に何と思われようとも、何でもいいのかもしれない。
肝心なのは「自分が楽しめる何か」であること。考えただけでも鬱々としてしまうような職場の人間関係も、苛々が募る家庭での問題も、憎き上司のキモイ顔も、何もかもをスーっと流してしまうような、そんな素敵な時間を授けてくれるものにめぐりあった瞬間、単調だったはずの人生は何倍にも光り輝くことは間違いない。