『中年になったからわかる。嫌われないというのは、大切なことである』
—林真理子「「綺麗な人」と言われるようになったのは、四十歳を過ぎてからでした」より—


「”みんなに好かれなくてもいい”という考え方は、偏狭なおかしな大人をつくり出しているようである。強烈ものすごく魅力的な個性を持っていない限り、人は他人に好かれた方がいい。何も八方美人になる必要はないけれども、大人になってくればくるほど、友人は本当に大切になってくる」

学生時代を過ぎて、社会人生活が安定してくると新しい出会いも少なくなって行きます。もちろんゼロになるということではありませんが、あの急流にのまれるほどの出会いの渦はなくなっていくものです。

四十代に入ると人間関係を仕分けするようになり、また同じように仕分けされるようになる、と林真理子氏は続けます。

人生のほぼ半分。悩んだり悲しんだり鈍感な振りをしたりして生き抜いて来た過敏な時期を過ぎ、自分がどういう人間であるか、どういう人と一緒にいると安定するのかということが見えてくるということでしょう。

好かれなくてもいい、と開き直ってしまうのはある意味での怠慢ですが、嫌われない程度に自分を飾ることは大人の社交術なのかもしれません。『自分は自分だから』と態度が過ぎるとその場がしらけてしまうというのはよくあることです。
自分を出しすぎるのではなく、雰囲気を掴んで自分のポジションを得られたら都合がいいのでしょうね。

かくいう私はその点、まだまだと言ったところです。知り合いの五十代の女性は誰にでも好かれるオーラを出しています。朗らかで嫌味のない親切。だというのに彼女の内側については誰もよく知らないのです。

自分自身の細かいことまで話してしまうと様々な誤解や軋轢を生むこともありますが、そうやってさりげなく封印していることで周りは、彼女自身の”ほがらかオーラ”を甘んじて享受することが出来るのかもしれません。

必死になって好かれるのではなく、嫌われない女になるということ。案外、奥が深いものです。