『女性には、年をとらなければできないことがある』
—海原純子「妹たちへ」より—

十代の頃から、二十代はがむしゃらに突き進んで、かっこいい三十代になりたい。そう思っていました。三十代になった今、どんな四十代になろうか?と思案しています。昔ほど肩肘張らなくなったのは、年齢を重ねた中で自分のポジションが揺るぎないものだと感じるようになったせいかもしれません。それは、どんなに焦ったり怒ったり悲しんだりしても、喜んだりはしゃいだり微笑んだりしている時と1ミリも変わらないということ。人は進んでいく速度はどんな瞬間も同じで、個人個人違うけれども、悲しんでも喜んでもスピードがかわらないのであれば悠然と過ごすほうがいいに違いない、と思ったからです。

医学博士でエッセイスト、ジャズシンガーの顔を持つ
海原純子氏の言葉です。
「私は死ぬまでに自分の持って生まれた可能性をすべて生かしたい。それが自分に対する責任だと思っている。年をとると失うものも多いが、年をとらねばできないことがある。だから私は今、この年齢であることを楽しんで生きている」

”女だから”という思いで家事も100パーセント完璧に、でも仕事も完璧に、という頑張り過ぎでスーパーウーマン症候群に陥ったり、「やっぱり女はダメ」と言われたくなくて男性以上に働きすぎて肝障害を起こしたり…そういう女性の受け皿となるべく働いた海原氏は、クリニックを受診する患者同様、多忙を極めることとなります。

抱えたストレスを発散する場もなく、忙しいばかりの毎日に心身は疲れ果てていきました。やがて顔面麻痺や帯状疱疹などを抱えてクリニックを閉鎖、自己カウンセリングを続けてようやく、自分がどうありたいかを知るようになるのです。

「カッコよくなくてもいい、年をとって美しくなくても、人から素敵と言われなくても、本当に自分の感情を表現しながら生きていきたいと思った」

私は『私』という1個の人間で、それ以外の何者でもありません。誰かの道を辿っていくのではなく、自分で道を作り、自分だけが乗り越えられるその道筋を辿っているのだと思います。

そう気付いた瞬間、どんなにゆっくりでも進んでいることに意義があるのだ。と肩の荷がおりました。まだまだ三十代半ばです。紆余曲折もあるでしょう。煩悩もあれば塞き止められない感情だってあります。でもだからこそ、生きている今がとても楽しいと思えるのです。

十年経って煩悩が捨てられるかどうかはわかりません。もしかすると煩悩に溺れてしまってるかもしれない。あんまりカッコ悪いことになってなければいいけど、なんて思いながら今を歩いています。とりあえずはあんまりハメを外しすぎないよう、「これっていい三十代の生き方?」なんて自問自答を続けていくつもりです。