『彼は命の全てをかけて教えてくれたのだ。「今しかない、今は二度とない。次があると思ったらそれは嘘なんだ。なんの保証もないのだ。だから今、つながっていたいのだ」ということを』
—よしもとばなな「バナタイム」より—

世界中に、散りばめられるように存在する小さな幸福。
愛してるという気持ちやカタチ、
そこはかとない想いや運命。
意識しなければ気付く事も出来ない小さな幸福感はいつでも、そこかしこにあるものです。

作家のよしもとばなな氏が幼い頃に、命の長さが人よりも短いと知っている人から教えられたこととして、今が大切であるということを伝えています。
「ある夜、まだ元気だったそのお兄さんと私は公園に行って手をつないで歩いていた。ちょうどそういうことが恥ずかしくなるお年頃だった私は、一回その手をふりほどこうとした。でも、お兄さんはぎゅっと手を握り返した。絶対に離さない、という感じだった。(中略)今しかないんだ、今つながなければ、もう、つなげないかもしれないんだ、生きているものとつながっていたいんだ、そういう感じだった」

わたしたちはそこにある事象についていつも当たり前に受け取っている気がします。考えるとありがたい、と思えることも日々の営みの中ではまるで川に流れるかのように感じにくいものだったり。

「もしもお互い長生きとわかっていたら、手をふりほどいて走ってまた次の機会につないだり、なんでもありだっただろう。そういうがさつさが幸福というもの、そのものだと言える。私たちは毎日、そういうがさつな幸福の中に生きている」

命がいつか消えてしまうかもしれない。それは、周りの誰かかもしれないし、自分自身かもしれない。そういう刹那は誰に訪れるかわからないことです。運がいい、悪いという一言で片付けてしまうことも勿論可能ですが、でもその、今が今であるという当たり前を意識して生きることの前向きなエネルギーは時に鈍りそうな歩みを進めてくれるきっかけになるのではないでしょうか。





※文中の抜粋文は一部簡略化しています。