もう十年ほど前のこと。私はとても迷っていました。目の前に二つの道があり、そのどちらを選んだとしても必ず誰かが傷付いてしまう。そのどちらを選ぶにしても未来は必ずしも明るいのだとはっきりしているわけではない。
家族や友人に相談しても皆様々なことを言うので何がベストであるべきかわからずただ時ばかりが過ぎていきました。
ある日、とても仲良くして頂いていたうんと年上の女性が私の背中越しに、
「何かを決めるのであれば、自分で決断しなくては駄目。誰かの意見に左右されたりしては絶対にいけないの。たとえ親であっても」
と言葉をかけてくれたのです。私はその女性に何かを相談したわけではありません。ただ背中を見ていてふと、声をかけてくれたのです。
そしてその一言で心にあったもやもやが吹っ切れ、自分なりに選択することが出来ました。その後の道は決して平坦とはいえなかったかもしれません。しかし、選択するとき既に
「この先に何があろうと自分が選んだ道なのだから最後まで自信を持って生きていこう」
と決意していたので無意味に運命を呪ったりなどはしませんでした。
以来、私の中で『決めるのは自分』『自分の道に自信を持つ』という二つはいつも心を支えています。人生が山あり谷ありであることは自分で選んできたことなのだから迷わず、肯定して日々を過ごそう。間違ったとしてもいつか必ず正しい道に戻るはずだ。そう信じているのです。
完全無欠にこれでいい!と豪語出来るような選択を出来るのであれば、そもそも誰も迷ったりしないですよね。迷いながら選ぶから尚一層、自分の人生が愛しいといえるのではないでしょうか。「明日は明るい」と信じていられるプラスエネルギーが贅沢だと思えればそれもまた豊かといえる気がします。
家族や友人に相談しても皆様々なことを言うので何がベストであるべきかわからずただ時ばかりが過ぎていきました。
ある日、とても仲良くして頂いていたうんと年上の女性が私の背中越しに、
「何かを決めるのであれば、自分で決断しなくては駄目。誰かの意見に左右されたりしては絶対にいけないの。たとえ親であっても」
と言葉をかけてくれたのです。私はその女性に何かを相談したわけではありません。ただ背中を見ていてふと、声をかけてくれたのです。
そしてその一言で心にあったもやもやが吹っ切れ、自分なりに選択することが出来ました。その後の道は決して平坦とはいえなかったかもしれません。しかし、選択するとき既に
「この先に何があろうと自分が選んだ道なのだから最後まで自信を持って生きていこう」
と決意していたので無意味に運命を呪ったりなどはしませんでした。
以来、私の中で『決めるのは自分』『自分の道に自信を持つ』という二つはいつも心を支えています。人生が山あり谷ありであることは自分で選んできたことなのだから迷わず、肯定して日々を過ごそう。間違ったとしてもいつか必ず正しい道に戻るはずだ。そう信じているのです。
完全無欠にこれでいい!と豪語出来るような選択を出来るのであれば、そもそも誰も迷ったりしないですよね。迷いながら選ぶから尚一層、自分の人生が愛しいといえるのではないでしょうか。「明日は明るい」と信じていられるプラスエネルギーが贅沢だと思えればそれもまた豊かといえる気がします。