本日引退となった京成AE100の過去資料で、当時をしのぶ、ことにしてみっか。
当初は正面ガラスに日よけシートは貼られていなかったので、かなり印象が違う。
1年たたずに貼付されることになった。
これは1992年ごろだが、すでに日よけは現在と同じように貼ってある。
このヘッドマークをつけてデビュー。
なおこれは、宗吾の保管車の中に残っている。
運転開始の記念乗車券。これは2セット使って撮影しているが、実際に乗車券片は1枚だけ。そして、
編成図のカードが2枚ついてきた。※これも実際は両面印刷の2枚構成である。
8号車からの記載のため、この時期には上野方先頭車を基準に編成を呼称していたと思われる。
これは京成ライン1990年6月号の写真記事。製造中に日車で取材したものだ。
当時はこのほかにも、かなり頻繁にAE100や空港新線関連の記事が載っていた。
このステッカーもけっこういろんなところでもらったなあ。
初代AEからの置き換え中は、こういう光景はしょっちゅう。
その割に、撮れてない><
この並びに入っている形式、全滅。
もちろんこういう並びも。これは、改軌35周年記念に旧赤電色になった3059。
はじめにこのカラーの復活塗装をやったのが、これだった。
もう一度くらい雪の中の走行を撮れるかなと思っていたけれど、だめでしたね^^;
いろいろなヘッドマークが貼られたが、そのなかから数字に関するものを2つ。まず、「1」。
輸送人員1億人記念。
続いて「100」。
京成創立100周年。この頃がAE100にとって一番華やかな頃だったか、どうか。
この並びも、ちょうど1年の時間差で廃形式となってしまった。
今回のさよなら運転参加者に配布された復刻パンフレットと、その原版。
寸法と、巻末に「リサイズ復刻した」旨の断り記載がある以外は同じ内容である。
今回発売された記念乗車券だが、大きい券片のデザインは過去に機械発売されたライナー券を意識している。
ただ、これは当初から使われていたものではない。
AE100の車両イラストが入るようになったのは、後のことであった。
初めのうちはこの写真下の券だったのだが、こういう券になぜ小児断線が…
ざっと掘り出してみた。
パスネットのカードには、多数のAE100柄が存在する。
あまりにも多いので、これは次の機会に^^;




















