今まで色んなセッションを
やってきたけど
変われなかったって人は
最後の砦
「自分の中」
をやらないといけない
ってことだと思うよ!
「まだ気づいていない自分」に
気付くことが何よりも
大事なんだよ!
というコンセプトでこのブログはお送りしています
クライアントの皆様へ
幸せを感じる心を創る予備校スケジュール
12/21


心を病んでいる人が気づかなければならない事の第一位

それは、
自分の周りにいる人のほとんどの人が、心の冷たい人だったという事です。
親を始めとして、兄弟姉妹、親戚など
もしかしたら、近所の人、学校の先生までもが、
心の冷たい人だった、という事です。
なぜなら、心の冷たい人の中で育って来たからこそ、
自分も心の冷たい大人になってしまったんだという現実があるからです


死別した後から加藤先生の本に出会うまでは、
私は親の事が嫌いだと感じた事はありましたが、
親が「心の冷たい人」だという認識はなかったのです。
どちらかというと、自分が心の冷たい人間で、
親は心の温かい人なんだ、と勘違いしていたのです。
心が病んでいる人は、
自分が間違っていて、親が合っていると強く信じ込んでいます。
でも、だからこそ、私はダメな人間なのだ、と感じてしまうんだぞ!!
分かるか?このロジックが!!
私はつい最近まで全く分かっていませんでした・・・

病んでいる人、悩んでいる人って、もれなく全員がこのロジックを理解できていないのです

私が初めて、心の温かい人ってこういう人なのか

、と思えたのは、
今の旦那さんが初めてでした。
つまり、幼少期に、親を始めとした周りにいる大人が心の冷たい人だった場合、
自分の心(世界)の基準値が全て、心の冷たい人基準、となってしまうんですね。
心の温かさを全く知らないまま、思考回路が定まってしまう、と言う事

その結果、心が冷たい人を、優しい人だとか、偉い人、凄い人、だと思いながら生きていかなければならないという悲劇が起こるのです。
つまり、誰に対しても「心が冷たい人」としか感じなくなってしまうのです。
というか、心が温かいという事がどういう事だか分からないのです

始まりは、周りにいる大人が心の冷たい人ばかりだっただけなのに、
つまり、子供だった自分には何の責任も問題も無かったのに、
そんな環境で育っていく間に、次第に、自分までもが心の冷たい大人になってしまう(それしか分からない)、という恐ろしい現実が人間心理にはあるのです。
言い換えると、思考回路が決まってしまう3才から5才の間に、
心の温かい大人と触れ合う経験が持てなければ、
大人になっても、その人は温かい心という事を理解できないという事になってしまう
この部分を、自分に当てはめて理解できるか出来ないかで、この先、温かい人に出逢えるか否か、が変わってきてしまうほど、重要な部分なんやで!!
どうだい?重大案件だろ??
この状態で幸せな恋愛が出来る訳がないだろ??
人は、本当に自分が経験した事しか現実の中で体験する事は出来ないのですが、それは、今日書いた人間心理があるからなんだなと、今はとても良く分かります

私はブログ(文章)を書いている人ですが、残念ながら、温かい人との触れ合いを経験していない人は、いくらブログ(文章)を読んだとしても、読んだだけで現実を変えていく事はそうとう難しいのです

ここが心理のもっともやっかいな部分だね

もちろん、だからといって読む事がムダだとは言いませんが、自分1人で読んだだけでは、認知の歪みは治っていき辛いという事です。
なぜなら、どうしても、自分1人で読んでいるだけでは、所詮は自分という認知のわく内だけで完結してしまうからなんですね
それも、知識を教えてくれる人ではなくて、感情を感じさせてくれる人が必要なのです。
だからこそ、人選はとても慎重にやらなければならないぞ!!
今、これを読んでいる人も、昔の私の様に、自分の親が心の冷たい人である、と言う事に本当の意味で気づけていない人はとても多いと思うのです。
もしも、「自分の親を始め、自分の周りにいた人は心の冷たい人だった」と本当に気づけているならば、
「そんな中で育ってきたのであれば、自分も心冷たい人になっても仕方なかったんだ」と心底思えていなければ、おかしいからです。
さて、あなたは、この1番重要な所に、本当の意味で気づけているでしょうか?
ここが本当に理解できていなければ、その様なレベルのままで、「幸せになりたい」と望んでも、残念ながら、それは不可能なのです。
※時間を膨大にかければ可能です
なぜなら、
現実否認したままで、自分の現実を変えていく事はどうしたって出来ないからです

本当は簡単な理屈なんだよ!
自分を救う”心の温かさ”とは?
これらの人は、先に述べたように、我執の人と正反対の人とつきあうことである。
我執の人は本質的に冷たい人である。
だから、温かい人とつきあわなければならない。
温かさ”とは、骨惜しみしないということである。
冷たい人は、骨惜しみをする。
温かい人は、他人のために骨折ることを苦痛には感じていない。
いや、むしろ逆に楽しんでいる。
この点が、 我執の強い人に育てられた人にはどうしても理解できないところなので
ある。
しかし、この点こそ、自己無価値感、負い目の苦痛から解放されるためのポイントでもある。
負い目のある人、自己無価値感に苦しんでいる人は、人に何かしてもらうと、どう
しても何かお返しをしなければならないと思ってしまう。
他人と一時間喫茶店で話しても、その相手に自分が何らかの利益を与えなければならないと感じてしまう。
幼児の頃から親に話をしてもらったのである。
話しあって楽しんだのではなく、してもらったのである。
だから、そのお返しをしなければならない。
我執の強い親に育てられた人は、どうしても、自分と話してくれる人は迷惑してい
るだろうと感じてしまう。
相手は自分と話して楽しんでいる、だから自分は何も相手に尽くさなくてもよい、ということが理解しにくい。
心の温かい人は、相手に世話することを楽しんでいる。
したがって、心の温かい人に世話してもらったからといって、そんなに心の負担を感じる必要はない。
世話をされたことで、もう相手にお礼はできている。
ところが、このことが、我の強い人、つまり心の冷たい人にかこまれて育った人
には理解できない。
心の冷たい人にとって、相手を世話することは、嫌なことなのである。
迷惑をかけられたことになる。
だから世話をされたほうは、心の負担を感じなければならない。
心の温かい人は相手を受け入れるが、心の冷たい人は相手を所有する。
所有するということは、自分の原理を押しつけるということである。
たとえば、恋人を所有している人は、恋人が自分と関係のない世界で楽しい時をす
ごすことを喜べない。
我執の強烈な父親は、息子が自分の世界から巣立っていくことを喜べない。
ところが、心の温かい人、相手を受け入れることのできる人は逆である。
つまり、自分の恋人が自分と関係のない友人たちと楽しくすごしたということを聞いて、嬉しく思う。
同じことを一方は嬉しく思い、他方は不愉快に思うのである。
自分の存在に負い目を感じている人、無意味に苦しんでいる人は、自分のことをま
ったく逆に感じる人々がこの世にいるのだということを納得できない。
彼らは、地獄の人々にかこまれて生きてきたのである。
生きることが地獄となっている奥さんに、ご主人が、友人と楽しく酒を飲んできた
といえば不愉快な顔をされる。
しかし、生きることが天国である奥さんに、ご主人が、友人と楽しく酒を飲んでき
たといえばどうなるか。
奥さんは「ああ、よかったわね」と、嬉しそうな顔になる。
したがって、楽しく酒を飲んできたことに負い目など感じる必要はない。
自己無価値感に苦しむ人々は、我執の人の役に立つか、それとも役に立てなくて不
愉快な顔をされるかしながら生きてきたのである。
このようにして育てば、誰だって、つきあいに自信がもてるはずがない。
結局、本当に幸せになるという過程には、認めたく無い事を認めていくという過程が必ず必要になる、という事が不可欠なのです。
だからこそ、いかに自分に対して素直になれるか?が重要なのです。
すごく病んでしまった人の中には、素直が故に病んでしまった人も沢山いる訳です。
病んだ親に素直に従ったから病んだだけ
って理屈ですね

親子の役割が逆転しているという衝撃の事実が分かる本
見せかけの愛というものを学べる本
①自分に気づく心理学は、
人の無意識について幅広く書かれている導入編です。
その次に読むと良いのは、②子供にしがみつく心理学です。
その次は、③モラル・ハラスメントの心理構造です。
その次は、④なぜ、あの人は自分のことしか考えられないのかです。
毒親育ちを理解していくのは、最低でもこの4冊は必要になります。
この4冊は全て内容をマスターする事です。
更に、
愛されない時どう生きるか、
自立と依存の心理、
人生の悲劇は「よい子」に始まる、
不機嫌と甘えの心理、メンヘラの精神構造、
怒れない人の心理もとても役立ちましたので、
書いておきますね。
人生を後悔することになる人・ならない人は、
総集編となっていて、統合の書になります。
①~④がしっかりと理解できると、統合に入っていけると思います。