(潜在意識覚醒)
セラピストのNagiです
今ま色んなセッションをやってきたけど
変われなかったって人は
最後の砦
「自分の中」
をやらないといけない
ってことだと思うよ!
「まだ気づいていない自分」に
気付くことが何よりも
大事なんだよ!
というコンセプトでこのブログはお送りしています![]()
ストレスは自分が作り上げている
「あの人を知っている、この人を知っている」というようなことをしきりに言う人がいる。
そういう人は、自我の確立が為されていないということである。
「知っている」ということと、「認められている」ということは違う。
それにもかかわらず「知っている」ということがその人にとって重要なことなのである。
自我の未確立な人というのは、
住所録に名前の数が多いということで安心するような人である。
自我の確立した人にとっては、
住所録にたくさんの名前があるということは何の意味もない。
しかし自我の未確立な人にとってそれは重要なことである。
多くの人に自分を知っていてもらいたい。
自我の未確立な人にとってはそれが重要なのである。
また知っていることで何か得することがあるような期待をする。
自分が特別に扱ってもらいたいという甘えが残っている証拠である。
人とふれあうことなしに生きてきてしまった人たちである。
その人に認められてもどうということはない。
でも認めてもらおうと必死になり、そのことがその人のストレスにまでなる。
もともとストレスなどないのに、
勝手に自分でストレスを作り上げている。
そして自らストレスに苦しんでいる。
自我が確立してくれば、
自分がある人を知っているということが楽しいことになることがある。
そして、別に相手が自分を知っていなくても楽しい。
多くの人から自分を知ってもらいたいなどとは全く思わない。
マズロー(心理学者)が、
自己実現している人には少数の親しい人がいると言ったが、そのとおりである。
多くの人と知り合いであることなど、
自我の確立している人には得意になることではない。
それは人でなくてもよい。
犬でもよい。心の通う動物がいればよい。
犬と言うからおかしいので、
犬と気持ちがふれあっている人にとって犬は人と同じ仲間なのである。
要するに自己実現している人というのは、
別の言葉で表現すると自我の確立している人ということである。
そういう人たちは心のふれあいが大切である。
心のふれあいを体験すると、
多くの人と付き合いがあるということは得意になることでも、
嬉しいことでもなくなる。
しかし自分のためにおしゃれをしないような人、
人に見せるためのおしゃれしかしない人は、
自我が未確立で、より多くの人と知り合おうとする。
その結果どうしてもストレスが強くなる。
認められても何の意味もない人に認められようとして、頑張ってストレスになる。
大してかかわりもない人に認めてもらおうとして、
張り切ってストレスになる。
そのつながりは幻想でしかない。
自我の未確立な人にとっては、
何の意味もない幻想でしかないつながりでも重要なのである。
ある人が忙しい年末に「年賀状を出さなければ、出さなければ」と、
もの凄いストレスで病気になってしまった。
年賀状は出したい人に出せばよいことで、
「出さなければならない」というものでもない。
しかし対象無差別に好かれたい、認められたい人は、
そういう人にまで「出さなければ」と思い、それが仕事になりストレスになる。
自分を見失った人は、
そこまで人に知っていてもらうということが重要になってしまう。
人とのふれあいがないから幻想としてのつながりでも大切なのである。
住所録にたくさん名前があるということで安心する。
自分がないと、多くの人を知っているということで安心する、
人によく思われることで安心する、人と同じであることで安心する。
人と同じでなくてもいいと言われても、人と同じでなければ不安である。
自分を見出した人には想像できないほど「単なる他人」が大切になる。
信じられないくらい重要になる。
そして「単なる他人」との関係を維持しようとエネルギーを消耗する。
あるいは単なる他人に自慢話をする。
ある奥さんはたまたま家の前を通った人にまで自分の娘が「○○学園に通っている」という自慢話をする。
通りすがりの人に認めてもらうことが大切になる。
その奥さんにとって関係ない人というのがいない。
接したすべての人が関係ある。
つまり、もともとは何のストレスでもない世界を自分が勝手にストレスのある世界にしてしまっている。
原因は自我の未確立である。
自我の確立がいかに大事なことなのか?
という、参考になる話だと思います。
昔、私がうつ病で病んでいた頃、
私も思っていたんです。
「たくさんの知り合いがいなければダメなんだ」と。
多くの人と知り合えば、自分の寂しさが無くなるのだという妄想を抱いていたんだと思うのです。
今、その想いを翻訳すれば、
「私は寂しくて孤独で狂いそう」になりますが、
当時は、その自分の本音が抑圧されていたので、
自分自身で本音を感じる事が出来なかったのです。
私は幼い頃から、自分の事について何も考えた事がありませんでした。
頭の中にいつもある事は、
「どうやったらこの辛い状況から抜け出せるか?」
「あーもう、やだ。こんな毎日、やだ」
そんな事ばかりだった訳です。
これは、自分の事を考えているという事にはならないのです。
自分以外の事を考えている、単なる現実逃避なのです。
つまり、自分が1番自分の本音を分かっていなかったので、
本当の自分の想いはそっちのけで、
ただただ、この苦しくて不快な状況から、抜け出したい。
考えていたのは、それだけだったのです。
だから、自分の事については何も考えた事は無かった、となるのです。
結局、自分の本音を抑圧していれば、現実逃避するしかなくなるのです。
本当の自分は現実の中にのみあるからです。
そして、過去の私みたいな事を、自我の未確立というのです。
つまり、他人軸で生きている。
他人に依存して生きている。
単なる他人にどう思われるか?それが重要な人だということです。
自分が無い人というのは、自我の未確立な人だという事とイコールです。
そこから20年を経て、死別して、
潜在意識というものを知り、潜在意識を探求していったら、
結果として、自分が無い、という事を書いている加藤先生の本に行き着きました。
そして、救われたのです。
自分を取り戻したからです![]()
リアル千と千尋、ですね(笑)
自我の未確立の状態で生きていると、
単なる他人があまりにも大事になりすぎてしまうのです。
自分がそっちのけで、他人が重要になり過ぎているから、
生きる事がとっても辛くなってしまうのです。
だから、生きる事が楽しくなって、
「あぁ、これが私の人生だ」と思いたければ、
自分を取り戻すしか、方法はないのです![]()
自分を取り戻していけば、
本当は何もストレスが無い世界を、自分でストレスだらけにしなくなるのです。
ストレスが段々と無くなっていくから、世界は幸せだと気づくのです![]()

自分が気づいていない自分、その自分に気がつける本
自分が抱えている漠然とした不安感
何をやっても消えない不安の正体が知りたいならこれ
「暴力性」「攻撃性」を知りたいならこれ
「良い子」で生きる事がなぜ生き辛くなってしまうのか?
「そんなバカなぁ!!」が分かる本
潜在意識の超基礎を学ぶならこれ!
マンガで読める、そこが1番のメリット
きょうもありがとうございました![]()
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