キラキラ 「何で私だけ、人生良くならないの?」
と、
悩んで悩ん堂々巡りしている方へ キラキラ
 
 

The-Subconscious

 (潜在意識覚醒)

セラピストのNagiです虹

3/11ですね。

今日は、死別についてです。

 

 

 

 

カギ カギ カギ カギ

 

 

今まで

色んなセッションをやってきたけど

変われなかったって人は

最後の砦

「自分の中」

をやらないといけない

ってことだと思うよ!

 

「まだ気づいていない自分」

気付くことが何よりも

大事なんだよ!

 

 

キラキラ キラキラ キラキラ

 

 

2月は、亡くなった旦那さんの命日でした。

と言っても、もう1カ月くらい前ですけどね・・・

 

 

 

生きていたら何才だろう。

2018年に亡くなった時55才だったから、

そこから6年経過したのだから・・・

 

61才??(で合ってるよね)

 

 

 

あっという間に6年経ったのかぁ。

めちゃくちゃ早かったなぁ、

もし生きてたら61才。

 

 

 

自分が61才まで生きれるって、

今の時代の人は当たり前に思ってるよね?

 

 

 

でもそれが、もしも55才で自分は死ぬって分かっていたら、

人はどうするんだろうね?

 

 

 

何か生き方を変えるのかね?

変えられるのかね?

 

どう思います?

 

 

 

 

 

死別して1番良かったのは、

「私も死ぬんだ」って確実に思えた事でした。

 

 

 

私がうつ病になったのも、

言ってみれば"甘えて生きていたから”で、

もちろんね、毒親育ちで心に傷を負いすぎていたから、

仕方なかった部分もあったんだけど、

それでも、生きるって事について安易に考え過ぎていたなって思います。

 

 

 

そこがね、ハッキリと分かった事が、

死別を経験した最大の恩恵だったと思います。

 

 

 

「生きるってこういう事なのか」

これって私の中でブログを書き続ける大きなモチベーションの1つになっているんです。

 

 

 

 

 

生きるってなんなのか?って言えば、

本当の自分で生きるってことだからね。

(本来、生きるなんてこれ以外大した意味なんかないんだよ)

 

 

嘘の自分に負けないって事だからね。

エゴの自分に負けないって事。

 

 

要するに、エゴの自分に負けて生きるっていうのが、

甘えて生きてるって意味です上差し

 

 

この部分がね、

自分が無い状態で生きてると意味が分からないんですよあせる

 

 

 

エゴの自分に常に負け続けて生きてきていると、

本当の自分というものをあまりにも経験し無さ過ぎて、

一体、何が本当の自分なんだか、

もう分からなくなってしまっているからです。

 

 

 

 

 

死別という事を考えた時に、

自分があるか無いか?ってもの凄く大切なんです。

 

 

 

 

私が大好きな「ボティメイク」のフクダミエさんって方がいるんですが、

昨年、突然、旦那様を亡くされたんです。

 

 

海での事故だった様で、本当に突然でした。

この事故は、ヤフーニュースにもなっていて、

私もそのニュースを偶然読んでいました。

 

 

そしてその後で、何気なくインスタを見ていたら、

フクダミエさんのストーリーズで、

「実は、旦那さんが亡くなりました」と書かれていて驚いたんです。

 

 

私も死別経験者なので、思う所は多々ありました。

 

 

そこから数か月経って、ミエさんがインスタを再開された時、

何か本当に感動しました。

 

その心の強さに。

 

 

愛する人を失うって、簡単な事じゃないと思うんです。

しかも、突然事故で失った訳だし。

 

 

そこから時がたって、

昨日のストーリーズで、ミエさんがこう書いていました。

以下、フクダミエさんのインスタより引用

 

 

 

 

 

 

 

どんな出来事があっても

 

その先の自分が

どうなるのか

 

決まった未来など

存在しなくて。

 

そこにはちゃんと

自分で選択できる

部分がある

 

逆に言うと

どうするのか

その様に生きるのかは

 

自分で決めていく

必要がある

 

 

 

 

人生の手綱を自分で握る

 

「自分のせい」にもなるし

 

「自分のおかげ」にもなる

 

どっちの人生にするかは

 

やっぱり自分次第なんだよね

 

 

この様に書かれていました。

 

 

 

 

 

この考え方こそ、

確固たる自分がある人の考え方ですひらめき電球

 

確固たる自分で生きているというのは、

自分の人生を自分で全て決めていくという事です。

自分の人生に自分が全責任をもっていくという事。

これが出来る人。

 

 

 

 

 

死別して辛い、もう本当に辛い。

これ以上辛い事ってあるんだろうか?って日が

何日も永遠に続く錯覚に陥ります。

 

 

しかも、そのぐらい辛くても、

お葬式はしなくちゃダメだし、

時には喪主しなくちゃダメだし、

お葬式をするための手続きも待ってはくれない。

 

役所での沢山の手続きも期限があるから、待ってはくれない。

 

 

子供がいれば、泣いて暮らす訳にもいかない。

ペットがいれば、変わらずに世話をしないといけない。

 

 

辛くても、やる事はやらなくちゃいけない。

 

 

 

 

時には、生きてる意味なんかないって投げやりになったりさ。

誰でもそう思う時あるんじゃないかな?

それ位辛い事だもん。

 

 

 

そういう時は、

思いきり悲しまないとダメよね。

感情を振り切る事が大事だと思うよ。

 

 

 

死に向かって振り切るって意味じゃなくて、

悲しみという自分の感情に浸るって意味上差し

 

 

 

期限なんて決めないで、

思いっきり悲しむ時が必要なの。

 

 

その悲しみ方が分からない人が多いんじゃないかな?

って死別した人のブログを読んでいると感じる時があるんだよね。

 

なぜなら、昔の私も分からなかったから。

 

 

 

 

 

 

悲しみに浸るってさ、

自分の本音に触れられていないと出来ない事だから、

自分の心の中に葛藤があったりすると、

それが出来ないんですよ。

 

やってるつもり、

と、

本当に出来ているって違うのだから。

 

 

 

 

 

悲しみに浸るって、例えば、

 

「あなたともっとこうしたかった、あぁしたかった」

「本当はね、あなたにこういう事を伝えたかったの」

 

とか、そうやって自分の本音を相手に伝えるって事でもあるから、

自分の本音が分からない人は、浸れてないって事になるよね。

 

だから苦しみがずっと続いてしまうんだよ。

 

 

 

 

 

死(別)ってさ、「生きる」事の真裏の現象な訳だから、

生きる事が実感できていない人にとっては、

まるで出口の無いトンネルみたいに感じてしまう事になると思うんです。

 

 

私の場合、「死」についてを、死別した時じゃなくて、

20代のうつ病で死にたいって時に考えていたから、

死別の時には、もう答え合わせをしただけだったのです。

 

だから、死別からの立ち直りが異常に早かった訳です。

 

 

 

 

 

でもさ、普通の人は考えないでしょ?

悲しみ方とか、死別した時のメンタルの持って行き方って。

 

常に死ぬ事を考えてる奴なんて頭おかしいんだから。

 

だからこそ誰に聞いていいか分からないし、

なかなか分からないじゃない?死別についてって。

そうだと思うから、ここに書いておきますねカギ

 

 

 

 

 

まとめると、

確固たる自分が分からなくて、

そもそも自分の本当の感情に接する事が出来ていない人は、

フクダミエさんの様に、

「死」に自分なりの意味を持たせる事が難しくなってしまいますダウン

 

 

死別を乗り越えるとしたら、

それは、「死」に自分なりの前向きな意味を持たせられた時なんです。

 

 

それが出来れば、死別が意味ある出来事として、

自分の中でずっと生き続けていくからね。

 

 

そうなれば、わざわざ死と分かれなくて済むので、

死別から解放されるという事なんです。

 

 

 

 

 

この世の中は、全て自分の心の投影だから、

「死」も当然同じなのです。

 

だから確固たる自分というものが何よりも大事なんです。

 

 

 

自分が分からなければ、生きる事も漠然としているし、

「生きる」が実感出来なければ、

死もただの怖いもので終わってしまうのです。

 

日本人って、そういう人ばっかりでしょ?

 

 

 

 

 

私はね、死別の後も、娘と息子にガンガン話しまくったんだよね。

死という事について。

 

もちろん相当嫌な顔されたよ。

でもそれが唯一の教育だと思ってるんです。

 

今でもやってるし、そのスタンスが変わる事は無いと思います。

今の旦那さんにも話してるからね。

 

多分、非常識でモラルに欠けてる頭がおかしい人なんだと思う。根っこから。

 

 

 

image

前の旦那↑

 

 

キラキラさいごにキラキラ

 

うちの旦那さんって、本当に生きるって事に執着してる人で、

ガンが肝臓に転移してるから最後は意識が無くなりますよひらめき電球

「それは本人にとって良い事なのかもしれません」

って主治医に言われてたんだけど。

 

 

一瞬、意識が無くなった期間があって、

もう危ないので個室に移しましょう、と言われて個室に移したら、

意識取り戻したの。

 

 

結局、亡くなる数時間前まで話してたからね。

これも本人の意志よね。

 

 

私、「え?死ぬんじゃないの??」

「死ぬって言われたから、泊まり込んでるんですけど」

って亡くなる前日に思ったんだもん。

 

あの、ぺっらぺらの簡易ベッドに寝ながら。

 

 

 

私が死別からキッパリ立ち直れたのって、

こんな風に、旦那さんの生きたいって執着心のおかげでもあったのかもなって思うんです。

 

 

最後の最後の最後まで、旦那さんもやり切ったんだろうね。

「それぐらい、私と話したかったんだろうね」

 

 

それが達成出来たから、スッと亡くなっていったのかもな。

そんな風に思いました。

 

 

だからお互いにスッキリした気持ちになったのかな。

 

 

そんな風に感じた、死別後丸5年目?6年目??でした。

(数え方って未だに分からない)

 

 

生きてる時に、悔いなく、満足して生きるという事が、

最も大事な生き方なんだと改めて思います。

 

 

だから私も、日々、そうやって生きているのです!

それには、本当の自分で生きていくしかねーって感じっす。

 

 

 

 

 

死別から立ち直れない人が少しでも減りますように。

死別の悲しみが少しでも短くなりますように。

そう思って書いてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きょうもありがとうございましたハート

 

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