今更かい!と思う、
熱狂的な読者様もおられるかと思いますが(笑)
私は、2018年2月に死別しました。
その事について改めて、
気付きがあったので書こうと思います。
先ず、大前提として。
死別するって、辛いです。
そうだなー辛いってレベルじゃないよね。
もう、MAXで辛いよね。
そもそも何かと比べられるものじゃないんだけど、
自殺未遂したときより、よっぽど辛かった!!
自分が死にたいって思っていた当時よりも、
想像も出来ないくらい、
辛かったなー。
でね、
死別を和らげる方法ってないと思うし、
死別から逃げる方法もないんだよね。
当たり前のお話しなんだけどさ。
昨日の話しじゃないけど、
忘れる事なんて絶対に出来ないことだからだよね。
そして、時間が経つと和らぐ死別もあるけれど、
時間が経っても和らがない死別もあるんだと思うの。
でさ、当然、忘れたいって思うのも、
人間だよねー!
すんごい分かる(1人乗りつっこみ完了)
じゃあさ、
時間が経っても和らがない死別はどうしたら良いのか?
ってことだと思うんだけど。
(もちろん死別全般もね)
私はこうしたんです。
自分の人生の中に死別が起こった
という風に考えたのね。
死別と言う、
超ネガティブなことが起きたから人生が終わった。
じゃなくて。
死別が私の人生です
じゃなくて、
私の人生に死別という事が起きました
なんだよね。
簡単に表すとさ。
これが、自分の人生(死別)
を受け入れるってことだし、
受け入れると、
それはもう「不幸」な事ではなくなるんだよね。
不思議なことに。
受け入れない
もしくは、
受け入れる事ができないから
不幸だと感じてしまうんだよね。
これは全てにおいて言える!!
逆に、死別を嫌な事
(まぁ、嬉しい事じゃないんだけど)
恥ずかしいこと
(確かに言いたい事ではないもんね)
隠したいこと
(私もこれすんごいあった)
とかっていう風に捉えているとね、
実は自分の心が1番ダメージを
喰らっていたりするんだよね。
死別の苦しみって、
人から傷つけられる苦しみよりも、
自分で自分を苦しめる
って側面が大きい気がするんだよね、
私は。
だから、
死別を受け入れるって事が
ものすんごい大事なんだと思うの。
ここで間違えちゃいけない事があってね、
私もやっちまった事だから、敢えて書くと。
直ぐに受け入れる必要もないし
(辛いから焦りたくなる)
時間がかかってもOKだし、
私みたいにサクッと切り替えられてもOK、
どっちでもOkなんだけど、
とにかく、受け入れてくための
プロセスを踏むって事が大事なんだよね。
でもさ、この受け入れるって事が案外曲者で(笑)
超難しかったりするんだよねーーーー![]()
分かっとるんじゃい!!
それが出来ないんじゃいーーー![]()
ってことだもんね。
受け入れるってさ、
本当に難しいんだよね。
特に死別ってさ、
結構上級コースっていうか、
もう難しい事の1つであることに
間違いはないじゃない!?
それこそ人生ってさ、
受け入れる事だけをひたすら重ねていく事の繰り返し
だよなって思うの![]()
だからね、死別後のこの3年間で、
私は、とんでもなく葛藤して、
苦しんで、
のたうち回って、
散々、色々やって、
その中で、私は1つの答えを見つけたんです![]()
それを書いて行こうと思います![]()
話しは変わって、
今日は、娘の誕生日なのだ![]()
夕飯はドライカレーがいいというので、
今から、買い物に行って作りまーーす![]()
そして、つくづく思うんだ、
子供達がこの世に存在してくれていて
ありがとうって![]()
そう心の底から思えたのも、
死別を体験したからだよなって思うのです。
生と死って表裏一体なものだよね。
自分責めをやめるには
自分を理解していく事
自分の無意識に
関心をもってあげる事
無意識を理解していく事が
自分をゆるして行くという事
自分をゆるしていくと
ゆるせなかった事が
ゆるせる様になって行く
さいごまでお読みいただき
ありがとうございました![]()


