少し前に更新したこの記事↓に、
弊ブログにおける「現象化」の定義は
エゴが物理現象を判断材料として
「ある」「叶った」と判断すること
と書きました。
弊ブログ的に、もう一つ定義があります。それは、
エゴによる「ある・叶っている」の再認です。
物理現象によって“改めて”認識・判断するということです。
「再認」というからには、
まず「認める」必要があります。
具体的な例でいいますと:
◯◯になりたいという願望があるとします。
①「◯◯な私」と想定・選択・意図します。
② その時点で「◯◯な私という事実がある」
=「◯◯な私は叶っている」ので、それを認めます。
いつもいっているように現状に関係なくです。
別の言い方をすれば物理現象に関係なくです。
③ 「◯◯な私という事実」が物理現象として見えます。
(=エゴによる「◯◯な私という事実」の再認)
あくまでも「再認」なので必要ではないのですが、
法則ですから自動的にそのときがやってきます。
しかもベストタイミング・プロセスで、です。
B U T
この②の「現状に関係なく認める」がピンとこない、
どうしたらいいかわからない、という声が圧倒的に多いです。
先日アメブロのメッセージ機能でいただいた、
この件に関するご質問には以下のような例えで回答しました:
「空気には窒素、酸素、二酸化炭素、アルゴン、
ヘリウム、ネオン etc.が含まれている」
と教わったら、それらが物理的に見えなくても、
感触がなくても、実感がなく全然ピンとこなくても、
とりあえず「へぇ」と認められるかと思います。
「そのうち窒素が何%で、酸素が何%で……」とか、
特に詳細を知らなくても認められるはずです(よね?w)。
「ある・叶っている」という真理・大前提
を認めるのはそんな感じで、ふわっと緩くでいいのです。
深い理解・理屈・根拠といったものは必要ありません。
(気体の例は科学的根拠があるので認めやすいですが、
物理的に見えない・感触がないという点で採用しています)
ただ、願望実現を試みるほとんどの人々が
「ある・叶っている」=現象化だと思っているので
物理的な現象として現れてからではないと
「ある・叶っている」を認められないのです。
何度も何度も繰り返しますが、順序が逆です。
「ある・叶っている」を認めるから見えるのです。
見えてくるまで「ある・叶っている」を
認めないという姿勢では、永遠に
「ない・叶っていない」を見続けます![]()
では、
現象化していないけど「ある・叶っている」んだよね
という姿勢ではどうかというと、そう思ったときに
「現象化したらいいけど、なければそれはそれで」
といったように現象化が気にならなくなる感じなら
「ある・叶っている」を認めていると判断できます。
その一方、現象化していないことに対して
不安・焦り・苛立ち等何らかのネガティブを感じるなら
「ない・叶っていない」を採用しているといえます。
最後に繰り返しますが、
「ある・叶っている」という真理・大前提
を認めるのに(容認、是認、採用、言葉は何でもいいです)
深い理解・理屈・根拠といったものは必要ありません。
もちろん深く理解していていいですが必須ではないです![]()
ざっくりいえば
「ある」と認めてね、
そうすれば「ある」が見えるよ
ということです。逆にいえば
「ない」と認めたら「ない」が見えるよ、です。
文章だけならものすごく当たり前のことなのですが
難しく考えたがるのが我らのエゴ様でもあります![]()
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今回はこまごま願望実現日記はお休みします![]()
単に書くべきことが思いつかないためですww
いや、「すべてがすでにある」のですから
「書くべきことは”ある”」はずなのですがw
今はエゴが「なんもないわ〜」と言っています![]()
同時に「なんかあるでしょ」とも言っていますが
これからヤボ用にて出かけなければいけないので
とりあえず今は「ない」を採用しておきます![]()
いつもコメント、リブログありがとうございます![]()
この場でいうのもなんですが、心の底から感謝申し上げます![]()
記事を気に入ってくださいましたら応援してくださると舞い上がります![]()
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